結論から言うと俺の予想は甘かった。あれから校内に入っても説教は止むことなくさらに悪化し、過去のアンパンマンでやってた方法などを話始め俺に出来ることと言えば富美が付いて来れるぎりぎりの急ぎ足で階段を駆け登るしかなかった。
 けど20分ほど続いていた説教もここでやっと終わる、俺の組はこの上の階段だが富美はこの階である。

「まだ言いたいけど仕方ない、じゃあね、シュウ君」

「あぁ、じゃあな」

 富美は何度も振り返るがやがて一番手前に位置する特進と書かれたプレートの教室に入ったのを確認すると、俺は億劫な階段を登り本来止まるべき階を無視して、さらに登って最上階まで行く
 そこの階にある屋上に続くための錆びた扉には一応生徒が入らないように南京錠がかかっているが、いや、本当はかかっていない、あの馬鹿が無理矢理開けようとしてぶっ壊してから一見鍵がかかってるように見えるが軽くフックの部分を持ち上げると留め金がイカレてるので開いたというより抜けた。
 そして建て付けの悪い扉を蹴り飛ばした先には、やはりいた。

「よぉ彼女持ち、朝からエロエロやってんのか?」

 既に定位置になっている錆びて赤茶けたフェンスに寄り掛かりながらこちらを見てにやついてやがる。
 名前は黒田龍平なんていうかいかにも堅苦しい学級委員でもやってそうな真面目そうなイメージが涌くがそんなイメージとは真逆の人間で、とにかくさっきのように人を馬鹿にしたりからかうのが三度の飯より好きでよほどの事じゃない限り人を助けたりしない、がピンチの時には誰よりも冴えた発想で助けてくれる、信頼できる親しい友人だ。まぁ本人には死んでも言う気はないが

「黙れ、馬鹿、富美とはそんなんじゃない」

「朝からお手て繋いで仲良く登校しやがって次はお弁当イベントでもするか?」

「喧嘩売ってんのか」

「勝てるとでも思ってるのか?」

「いや、でも腕の一本、二本ぐらいはは逝かせて貰う」

 黒田はそれほど体格に恵まれてないのだが実は恐ろしく強い、ボクシングも、空手もやってないようだがこいつが負けたって話は一度も聞いた事がない

「へぇへぇ、愛の力には負けますよ」

「うるさいぞ、マジでやるか?」

 
そうは言っても軽く小突いてから結局はこいつの隣に腰掛けて空を見上げる。
 雲がゆっくり流れるのを目で追って思うことは一つ、どうか今日は平和に暮らせますように

「見つけたぞ!ブラックブラザーズ!!」

 黒沢と黒田でブラックブラザーズらしい、何とも安直でダサい、こいつが来たから願い事は叶うことはなくなった。

「今日こそはテメェ等に地獄を見せてやる」
屋上のただ一つの扉からぞろぞろと昔懐かしいリーゼントの男を先頭に列をなしていかにもな不良が軍を成して現れた。

「だとよ、リトルブラザー、俺の代わりに相手してやれ」

「ふざけるな、誰が弟になったんだ、お前が行けよ」

「どっちでもいい!この俺!!白河孝介様がお前等をぶっ飛ばしてやる!!」

「いいぞ!孝ちゃん!!」

「頑張れ!孝ちゃん!!」

 孝介の取り巻き達が俺等を囲み始めているがリンチするためじゃなく、ゴミや石ころを片付けて決闘場を作っている。結構マメな奴らだ。

「だとよ、リトルブラザー、俺の代わりに相手してやれ」

「だから誰がお前の弟になったんだ」

「早くしろ!じゃないとブラックブラザーズはこの白河孝介様に恐れをなして泣いて土下座したと言い触らしてやる!!」

「いいぞ!孝ちゃん!!」

「かっこいいぞ!孝ちゃん!!」

 いよいよ白熱しだして、これ以上収拾がつかなくなると面倒なので

「仕方ない、あんみつ奢ってやるから行ってこい」

 黒田がピクンっと反応する、いい感触だ。

「藤沢屋のあんみつか?」

 ちっ足元を見あがる。

「そうだ、あの藤沢屋のあんみつだ」

「任せろ」

 すくっと立ち上がると、何も告げずにまだ周りを盛り上げてる孝介の顔を殴り飛ばす。それは見事に入り、孝介からダウンを取ることに成功した。
 これは別に黒田は不意打ちをしようとかそんなつもりではなく一刻も早くあんみつを食べたい一心なのであろう
 黒田は甘い物が好きだ。甘い物って言ってもケーキなんかの洋菓子は全く駄目だが饅頭なんかの和菓子には目がない。
 男が甘い物を食うのは恥ずかしいなんて、昔孝介の奴が抗議したことがあったがその返答は

「好きな物を食って何が悪い!」

 言い放ちやがった。
 それのせいで校内で黒田の株が急上昇したらしい。
 いいのを貰った孝介だが直ぐさま持ち直し、殴り返すべく振りかぶるがまださっきの一撃でまだ視界がぶれているせいかそれは黒田に当たることなく空振りに終わる。逆に大振りのせいで体勢を崩した孝介の隙を突いて顎にまた一発入れた。

「黒田!また妹を泣かしただろう!!」

 再びダウンした孝介は切れた唇を拭いながら時間稼ぎのために日頃の不満をぶちまけだした。

「あぁ早苗のことか?」

「妹とあんみつどっちが大切と聞かれてあんみつと答そうだな!?」

「違う!藤沢屋のあんみつだ!!唯のあんみつじゃない!!」

 可愛そうに孝介の妹は黒田に気があるようだがこの偏屈にはとてもじゃないが常識人とは釣り合いがとれないらしく結局妹の方の空回りになっている、露骨なアプローチをかけられているのに未だに気付かないほどだ。重度のシスコンな孝介には振り回される妹に耐えられないようであり、しかも喧嘩相手が妹の片思いの人とはやってられないだろう

「それと黒沢!今日も富美さんと一緒に登校してきただろう!!」

 せっかくフェンスで寄り掛かって事の次第を見守っていたのに話の矛先が俺の方に移ってきたらしい

「知ってるか?孝介、今日黒沢の奴、朝から家でラブラブやってたらしいぞ」

 またさっき俺に見せていた口元を片方だけ微妙に上げる黒田特有の笑い方をしてやがる。

「富美さんとラブラブだと!!」

「朝からラブラブ」

「家でラブラブ」

 ギャラリーの男共のラブラブコールの中、黒田にのみ突っ込んでいたイノシシは目標を俺に変えて突進して来た。

「俺等の富美さんとラブラブしやがってぶっ飛ばす!!ぶっ!」

 まぁ相手がそんなに隙だらけならやり放題だろうなぁ
 走るなら足を掛けて、立ち上がるのなら蹴りを入れ、どんな攻撃もおもしろいほど入るがそれでも孝介は反撃することなく悪魔でも俺だけを睨みつけている。
 ここまで不利ならギャラリーの一人か二人か助言してやればいいのに誰もがラブラブと呟いたまま固まっている。
 白河が作った軍団「ホワイトエンジェルス」は打倒ブラックブラザーズと屋上権奪還を掲げているがその実体は非公認の富美ファンクラブと言われている。
 隙を作るためだとはわかるがやっぱ納得いかないと言うかムカつく





「黒〜沢〜」

 もうこれで二十発目じゃないか?
 かなりボロボロなのにまだ俺に向かってはいずって近寄ってこようとするその背中を黒田はガシガシ踏み付けてる。
容赦ない黒田に立ち上がる孝介
 何はともあれ見上げた空は今日も青かった。

「孝ちゃん!もう今日はいいよ!!」

「そうだよ!今日もあの二人に騙されなかったら絶対勝ってたよ!!」

 ようやくラブラブコールを終わったギャラリーが孝介をまるで勇者のように担ぎ上げると校舎に通じる扉に戻って行った。
 これがいつもの光景、俺か黒田が奴をぶっ倒れるまで殴って仲間が保健室に連れていくだが今日は少しだけ違っていた。手の甲にヘビメタをイメージさせるようなキツイ髑髏の入れ墨をしたスキンヘッドだけが一人残って俺等のことを睨んでいた、がすぐに孝介達の後を追って行った。

「誰だ?あいつ」

 手に着いた血を拭きながら黒田が

「あぁ、あいつね、骨川歩、前の高校で問題起こして転校してきたがここに着いた途端、白河と頭争いして負けて舎弟になった奴だな、負けた奴は従わなければいけないとか言ってホワイトエンジェルに入ったが腹じゃ何を思ってんだか」

「ヤバイ目をしてたな」

「そうだな、お前の愛しの富美さんが好きなアンパンマンで例えるとバイキンマンにくっついているホラーマンって言ったところか、骨川だけに」

「おもしろくない上にムカつくぞ」

「まぁ落ち着けよ、それにしてもやっぱあいつら面白いよな」

 俺の怒りを全くもって無視するがその気持ちなら分かる。
 ホワイトエンジェルなんて一歩間違えれば暴走俗みたいな名前だが決して卑怯な真似はしない
 今だってギャラリー全員がかかってくればいくらなんでも何の抵抗も出来なく、リンチだっただろうし、孝介の奴がナイフかバットを持っていれば黒田だってそう簡単には倒せなかっただろう、その点ならあいつらは偉いというか面白い奴らだ。
 それゆえにさっきのあのスキンヘッドの目が気になる。あの目は馬鹿達とは合ってない

「何してもあんみつ奢れよ」

 孝介達を引かせたのは事実だから仕方なく財布の中から夏目漱石が引退した紙切れを一枚放る。

「待てよ、これじゃあんみつが食べれないだろ」

 確かそのあんみつは一枚ちょうどの値段だったはずだが

「消費税が足らない」

 それこそ仕方なく閉じかけた財布から穴が開いている銀色の小銭を弾き飛ばす。

「じゃ臨時収入も入ったことだし早速食いに行くか」

 結構なスピードになったはずのそれを見事に片手でキャッチすると、ズボンに付いた埃を払い、さっさと屋上に一つしかない扉に向かって歩きだしている。

「一人で行け、俺にはやることがある」

 空を見上げて考え込んでいたようだが一人で納得したように

「そうか、お帰りイベントか」

「お前とは一度マジで話し合わなければいけない気がする」

「まぁ怒んなって、事実だろ?」

 とりあえず立ち上がり際の本気一発は軽く避けられてしまった。

「じゃ彼女無しの俺は一人であんみつを食いに行くかな」

 明らかに当て付けだ。
 仕返しの投げ付けた小石は目標が急に走り出したために当たらず、遠くで奴の笑顔を勝ち取ることに成功してしまった。

キンコーンカーンコーン

 扉がしまると同時かのようにあのビックベンの鐘の音を取り入れたごく一般的な学校のチャイム音が一時間目の終了の合図を発した。
 どうすっかな
 黒田の奴はあんみつ食いに行ったし、毎日恒例の孝介の奴は今頃保健室で倒れているだろう。それらが終わったから今日は他にやるべき事がないか
 笑っちまう、なんだかんだ言っても俺はあいつらの事を楽しみにしているだな
 そう思いながら携帯に目覚ましをセットするとフェンスにもたれながら眠りについた。