キーワードはアンパンマン


ゴッ
 拳を受けた顔から鈍い音を立て、最後の一人が綺麗な円を描きながら大の字に倒れていく
 さすがに五人は辛かったか
 後の四人は至る所で倒れ込んでいる。まだ意識はあるのか腹なんかを抱えて俺を睨みつけはいるがさっきので立ち上がることさえできないらしい。
 始まる前までは新品同然だったYシャツは終わってみれば破けに破け半ば露出狂に近い格好になってしまっている。口の中は殴られたせいで切れて、さっきから鉄の味しかしない
 まぁそれはそれで悪くない気分だがそんな事より俺が一番気にしていることは
 くそっ、時計はまだ見てないが感覚として大分時間が過ぎたみたいだ。

「いいか!次、挑戦する時は金曜日以外にしろ!それ以外の日なら好きなだけ殴ってやる!!」

 カメラも付いてないような骨董品に近い携帯を開くと、画面の中では始めただの一本線なのが円や四角に次々と形を変えていくアニメーションの待受の左上には無情にもゴシック体で5時5分と表示されている上、俺を焦らせるように便箋型のメール受信マークが点滅している。
 ちっ
 最悪なことを確認するとすぐに携帯を閉じた。相手へ律儀に返信を打つ気はない、そんな時間の余裕はないからだ。
 どうしても5時から始まる番組を見ないといけねぇのに、ここから走って帰っても良くて5時20分ってところか、見たいのが30分番組だからそれじゃほとんど終わっちまう
 何処かにテレビがあれば、いや、贅沢は言わない音さえ聞ければいい、何処かにあれば
 そういえば最近の携帯には確かテレビが映るものがあったはずだ、俺のは年代物だからそんな機能は付いてないが

「おい、お前ら携帯持ってんだろ、貸せ」

「テメェ、黒沢覚えておけ・・ぐふっ」

 この五人のリーダーらしき男に話かけてみたが、会話が成り立ってなかったのでとりあえず蹴っといた。

「話をちゃんと聞け」

 タラララ
 やばい、本日二度目のコール、あいつがCMが終わって、本編が始まったのにメールを返さないから呼び出しているんだろう。

「誰でもいい!早く貸せ!!」

 仕方ないから全員にもう一発ずつ殴って奪った、本体よりも重い飾り付きの物、明らかにアウトな彼女を壁紙にしている物、何故かバックスバニーのシールを至る所に貼ってある物、今時携帯ではなくPHS、喧嘩中に壊れてしまった物、結局その全てにテレビという高度な機能は持ち合わせていなかった。

「さっさと貸せねぇから時間食っちまったじゃねぇか!!」

 携帯にはあれからまた5分進み5時10分になっている。
 絶望的だ、あいつの泣きそうな顔が頭に浮かんで来たのを頭を強く振って強制的に振り払う。
 相手から奪った戦利品をそこら辺に放ると今からじゃ間に合わないとは分かっているが一応のために走って帰る。フェンスを飛び越え立入禁止をものともせずさっきの空き地から家へ向け最短距離を突き進む。





 やっと着いた。
 愛しの我が家だ。
 もう何万回もの開け閉めしているドアにまた一つ回数を重ね、靴を脱ぐとそのままリビングに直行する。
 ここで水一杯でも飲んで一息つけたいが俺にはやらなければいけないことがある、どちらかというと使命や義務と言ってもいい。
 テレビのスイッチを押すとその真っ暗な画面が息を吹き返すように少しずつ色を付けていく

「もう、チーズったら!あはははは」

 画面の中では明らかに普通では考えられないほど変な色した犬が何故か小麦粉の袋に顔を突っ込み、粉まみれになった姿をみんなに笑われて恥ずかしがっている。
 これはもうお決まりのパターンだ。オチとしてお調子者の誰かの失敗を笑った後画面がまた死んだように暗くなりエンディング曲が流れ始める。
 最悪だ、あと二、三分早かったらどんな話か大体予想がつくのに、いや待て、なんというタイトルだったか?それさえ分かればなんとか知ったかぶれるかもしれない、床の上に落ちていたテレビ雑誌をめくり今さっきまでやっていた番組のサブタイトルは

「カボチャマン現れる」

 くそっ新キャラか!
 これだけじゃ敵か味方かすらわからねぇ、それより何で今の時期にカボチャ何だよ!!
 タラララ
 また携帯が悲鳴を上げる。
本日三度目のコール、番組の始まりと最後には必ずメールが来る。
 メールを返さないときっちり5分毎にコールするから返さないといけない
 あいつからのメールは

「凄かったね、シュウ君」

 携帯で文字を打つのが苦手なのにどうしても感想を聞きたいらしく、いつも短文で済ませようとしてこんな主語も述語も修飾語もないに等しい訳のわからない文になっている。
 だからこっちは

「そうだな、確かに凄かった」

 と打ち込む、俺もメールを打ち込むどころか携帯自体嫌いなのでいつもあいつと同じように略式で済ましてしまうがどうやら向こうはそれで納得したらしくその後、メールは返ってこなかった。

「それじゃ来週もまた見てね!」

 つけっぱなしのテレビには何が楽しいのか奴が爽やかな笑顔を浮かべてこちらに手を振っている。いや奴には楽しいって感情はないだろう、何しろ相手は絵の塊であるし

「ジャンケンポン!」

 どうやら今週から視聴者からの絵を紹介するコーナーは終わったらしく、テレビの中の奴は黄色い手袋で持っているチョキやパーと書かれたプラカードの中からグーを画面いっぱいに表示させている。
 律義にジャンケンをする気にならない、寧ろ今すぐコイツをテレビから抹消して、先程の運動の疲れを癒すために昼寝に直行したいが悔しいことにそれはできない
 何故ならこれから来週の予告を見なければいけないし、さらには今週の内容をネットで調べないといけないからだ。
 エンディングが始まる前に電源を入れたパソコンはジャンケンが終わる頃になってようやく使い物となり嫌々ながら検索する言葉を打ち込んでいく





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