絵の具


「ねぇ、聞いてるの?」

 絵を描いてる時のあいつは相変わらず俺を見ずにキャンバスへと話し掛ける

「何の話だっけ?」

 真っ赤な筈の林檎は彼女の筆によって冷たく涼やかな青へと塗られていく、確かテーマは逆行だったか

「だから性格についての話」

 本来からは想像できない林檎に細い筆で僅かに緑を付け加えていく

「そうだったか?」

 別段興味がなかった俺が煙草を取り出すと火すら付けていないのにあいつは振り返り、無言で睨まれた

「悪かった」

 口から離したまだ未使用のそれはごみ箱に行くことになった

「私は人が生まれた時に絵の具みたいな自分だけの一色って授けられると思うの」

 次のバナナをオレンジに塗る気なのか既にある朱色に白を交ぜている

「つまり俺は赤とかお前が黄色ってか?」

 俺が話に乗って来たのが嬉しいのか色っぽく束ねられた長い髪が揺れている

「そう、でも絶対に同じ色なんてない」

 葡萄は何色にしようと迷っているのか筆がパレットの上で渦を描いている

「そして人に出会っていくことによって相手から少しずつ色を分けて貰うの」

 決心したように息を吸い込みながらパレットにぶちまけた色は白だった

「じゃ今お前の色はどんな色だ?」

 そしてこいつは満足したのか筆を水差しに突っ込んだ

「限りなく貴方に近い色よ」

 そう言いながら俺の頬にキスをくれた。
 あいつの絵には黒い背景に焦げ茶テーブル、その上に蒼い林檎にオレンジのバナナと白い葡萄が並んでいる

絵の具