落語もどき え〜毎度馬鹿馬鹿しい話を一つ 皆様も言い間違いや上手く伝わらなかったなんて事が一度はあると思いますが自分では正しいと思っている事でも相手には時として間違って聞こえる、え〜例えばこちらは褒めているつもりでも相手には嫌みに聞こえたりするもんでして、まぁそれが原因で擦れ違いを起こってしまったり争いの種になってしまうもの、しかしそれを笑いの種にしてしまうのが我ら落語家という商売でしてね トントン 「お師匠様、お師匠様」 トントン 「お師匠様、お師匠様」 「うるさいねぇ、こっちは気持ちよく寝てたというのに、おう、誰かと思えばお前は先日弟子になったばかりの子六じゃねぇか、こんな夜更けにどうした?」 「へぇ、お師匠様、こんにちは」 「こんな時間にこんにちはって、あのな、子六こんにちははなお天道様が空にいる時に使うものだ。今はお化けも出る丑三つ時、お月様も沈みかけている、お化けがこんにちはなんて言ったら怖くないだろ」 「そうなんで?」 「そうゆうもんだよ」 「なるほど、さすがお師匠様だ、それじゃお天道様が空にいる時にまた来ますんで」 「ちょ、ちょっと待て、俺も言い過ぎたよ、お前さんだってわざわざこんにちはを言うためにここまで来たんじゃあるめぇ、夜更けにここに来るだけのそれなりの理由があるはずだ、言ってみな」 「あっしがお師匠様に尋ねに来た理由、はてなんでですかね?」 「俺に聞かれたって答えようがないよ、なんでぇ、忘れちまったのかい」 「あぁ、そうでした、そうでした。あっしが飲み屋で一杯やって提灯を片手に気持ち良く帰っていた頃に、この寒空のせいか用をたしたくなりやしてね、道端で済ますのも人様に見られるもんで、草むらに隠れて提灯を木の枝に引っ掛けて、ふっと空を見上げると星が瞬いて綺麗だったんで、そうだ、お師匠様に落語の真髄を教えて貰おうと思って来たんでした」 「は〜星を見ながらそんな事を、ロマンチックなのかよくわからないが、まぁ仕事にそれほど情熱を注ぐってのはいいことだ、じゃ立ち話もなんだ家に入りな」 「お師匠様、それはちょっと困ります」 「なんだ、俺の家じゃなんか困る事があんのかい?」 「へぇ、よくおっかぁから知らない人の家には入るなと言われてまして」 「はぁ?師匠が知らない人?じゃどうすればお前とは知り合いになれるんだ」 「じゃまずお師匠様のお休みの時の過ごし方とあっしと初めてあった時の感想それに最近遊郭に行ったのはいつ時ですか?」 「なんだか新婚初夜の新妻みたいなことを聞くもんなんだな」 「すいやせん、おっとぅの遺言でして、これを聞くまではそいつとは知り合いじゃねぇって」 「そ、そうかい、まぁ親父さんの遺言なら仕方ないねぇ、え〜まず休みの時の過ごし方だがこれは落語の練習がほとんどを占めるな、でお前と初めてあった時はだな、厄介なのがきちまったとは思ったよ、遊郭には〜そうだな、もう一月前ぐらいになるかな」 「これであっしとお師匠様は知り合いになりましたので失礼しますよ」 「なんか秘密を知られて損した気分みたいだが、まぁあがんな」 「それでお師匠様落語の真髄というのはなんですか?」 「まぁ一概には言えねぇが俺が思うに落語というのは口で商売しているからねぇ、あれだ早口言葉だな、まくし立ててるのにすぅっと一度も途切れず聞き取りやすく言えれば一人前だからな、やはりこれが落語の真髄ってやつだろう」 「早口言葉ってのはどんなので?」 「なんだ、早口言葉を知らないのかい、じゃ俺が有名なやつを一つ、え〜ジュゲムジュゲムゴゴウノスイキレカイジャリスイギョノフライマツ・・おい、子六、寝るんじゃないよ、お前が俺を起こしたってのに寝るなんてどんな了見だ、これは念仏じゃないんだよ」 「すいやせん、でもあっしにはそんな長いのは念仏に聞こえてしょうがありません、もっと短いのはないんですか?」 「しょがないねぇ、じゃこれならどうだい、隣のキャクはよくカキ食うキャクだ」 「へぇ、それがどうしたんで?」 「お前が教えろって言ったんだから教えてんじゃないかい、俺の後に続いて言ってみな、隣のキャクはよくカキ食うキャクだ」 「隣のキャクはよくカキ食うキャクだ」 「よし、なかなか歯切れがいいじゃねぇか、次はもう少し早く言ってみな」 「隣のカキはよくキャク食うカキだ」 「何?すまねぇがもう一度ゆっくり頼む」 「へぇ、分かりました、隣のキャクはよくカキ食うキャクだ」 「おう、じゃ今度は早く」 「隣のカキはよくキャク食うカキだ」 「お前さんの村じゃそうなのかい?」 「へぇ、死んだじっさまがやってた店では常連さんだけに出していた秘密のメニューでしてね、これが評判だったんですよ」 「ほぉ〜お前の家族はおっかさんだけが唯一まともなんだな」 「お師匠様、あっしには早口言葉ってのは難しい、もう少し簡単に落語をうまくなるのはねぇんで?」 「そうだなぁ、落語ってのはそこにないことを言葉で表現するからな、よし、子六、お前さんが昨日体験してよかったことを言ってみな」 「昨日と言うと、え〜まず朝にはみそ汁にタクワンに白飯、昼には蕎麦食べて、夜にはぁ〜そうだ、魚売りを夫にもつ近所から鮎を貰ったんで串に刺して塩焼きで食いました」 「お前は食べ物しか楽しみがないのかい、まぁいい、じゃ俺が目をつぶっているからその蕎麦を美味しそうに説明して食べてみせろ、お前がうまく表現出来ていれば俺も食べた気になるってもんだ」 「お師匠様はそんなにお金がないんで?」 「そうじゃないよ、つべこべ言わず、言われた通りにやってみな」 「へぇ、それじゃ、え〜ここは皆々様が活気づく天下の将軍のお膝元、大江戸、ここに来たのならば必ずやらなければいけないことが二つだけあります、一つは勿論我らの落語、お師匠様の語り口でどんな辛い悲しみや沈んだ気持ちも吹き飛ばしてあげましょ、もう一つは美味しい江戸の名物、何、湾で取れた新鮮な寿司?いやいや、脂の乗った鰻?それらも確かに美味しいですが、江戸の名物と言えば、そう、蕎麦でありますねぇ、あの微かに薫る蕎麦粉の風味につるっとした喉越し、その後に来るわさびのツンッとして抜ける爽やかさ、風来坊のようにふらっと立ち寄って何も言わずに蕎麦を一気にずずっと啜ってまた後を濁さず、すっと居なくなるまるでわさびのようにってのが粋な江戸っ子の蕎麦ってもの、あっしもそんな江戸っ子ですがその日だけは我慢が出来ませんでした。そこは知り合いの嫁の親父さんの店なんですが、まず汚い、壁はボロで塗装が禿げているわ暖簾は穴だらけそばって字の点々に穴が空いているからそばがそぱになっている。まぁあっしは外見には気にしない質だから暖簾をぱっとくぐり抜け 「親父、蕎麦を一杯」 「へぇ、しかし他の所とは違い多少時間がかかりますがよろしいですか?」 「おっ今から打つんで?こだわっている店は違うねぇ」 「違います、今から轢くんです」 「蕎麦粉からかい!?」 「へぇ、こだわってるんで」 「まぁこだわってるんなら仕方ない、親父、早めに旨いのお願いするぜ」 それから待つこと一刻ばかり 「お客さん、盛り蕎麦です」 「親父、これは何でぃ?」 「盛り蕎麦です」 「あっしには団子に見えてるんだが」 「へぇ、当店特製の蕎麦ですから」 「蕎麦粉から作るほどのこだわりだから期待するけど、あ〜ぁ箸は使い回しかいまったく、おい親父、蕎麦をつゆに浸けたら溶けたんだが」 「当店ではお客さんはみんなそのように食べるんですよ」 「水をちゃんと使ったかい?」 「失礼な、ちゃんと節水に心がけて庭の草木の朝露を二、三滴使いましたよ」 「朝露をねぇ、綺麗なんだか汚いんだかわからないが二、三滴ってのは少ないじゃないのかい?」 「へぇ、当店特製の蕎麦ですから」 「もういい、わさびだ、わさびがいいのがあればこれも美味しく食べられるはずだ」 「あいにくわさびを切らしてまして、代わりにこれを」 「七味唐辛子じゃないかい、もうこうなったら覚悟を決めるよ、全く、七味唐辛子で蕎麦を食うのもあっしだけかな、ほっ、ほっと、ありゃぁ、出し過ぎてつゆが真っ赤になっちまった、摘めないから箸なんかもう必要ねぇな、これをググッと、か〜蕎麦なんてありゃしない、つゆのしょっぱさと七味唐辛子の辛さで舌がビックリ反ってるよ、もういい、親父、勘定を頼みよ」 「へぇ蕎麦は十文になります」 「十文!?そこらの蕎麦なら七文ぐらいだってのに、ほら、じゃあな」 「お客さん、待ってくださせぇ、お金が足らないよ」 「なんでぃ十文だろ、ひぃ、ふぅ、・・きっかり十文じゃねぇか」 「こだわり手数料の二十文がまだでして」 「おぉ、子六、なかなかおもしれぇじゃねぇか」 「ありがとうございます」 「それでなんでこれがよかったことになるんだ?」 「実はこれには続きがありましてね、帰りにその知り合いの嫁さんに会いましてね、その人の前では気を使ってうまかったって言ったら駄賃をくれたんです」 「あらあなた、お客さんまだ帰ってないのかい?おや、子六じゃないか、今茶を持ってくるから」 「まぁまぁ、今、子六の話がいいところなんだ、お前もそこに居な」 「なんの話なんだい?」 「マズイ蕎麦屋の作り話なんだがこれがなかなか面白くてな」 「いやお師匠様、実は作り話じゃないんです、口調は作ったんですがね、それ以外はありのまま全てを言っただけです」 「何、それはただじゃ置けねぇな、よそ様が江戸の名物蕎麦をそんな物と思われちゃ敵わねぇ、明日朝一番で俺が行って文句言ってきてやる、その蕎麦屋は何処にあるんだ?」 「へぇ、ここの通りを真っすぐ行った、突き当たりの所です」 「ここを真っすぐの蕎麦屋って・・」 「あら、あたしのおっとぅのお店ね、そう、朝が早いなら早く寝ないと、あなた、子六が帰ったら話があります、おやすみ」 「あ〜ぁ、参ったことになったよ全く、昨日が珍しく機嫌いいと思ったらこの事だったのかい、子六、もうけぇれ」 「お師匠様、真髄の方は?」 「もういい、教える事はもう何もないよ」 「いや〜ありがとうございます、これであっしも一人前で? |