タラララ
 携帯は全く使わないので音も元からある色気のない電子音が眠りを邪魔する。
 眠り過ぎたか
 時計は四時間目の終わりを指しているそれと目覚ましの代わりになった受信の合図である便箋マークが主張するように携帯内に点滅している。
思った通りというか発信元は富美だった。
 まぁ友人でアドレスを知っているのは富美か黒田しかいないからな

「シュウ君何処にいるの?」

 やっぱ短すぎる文面で終わっている。
 さっと返信を打とうと思ったが画面にはまだもう一通富美からメールが届いることを知らせていた。
 何だ?用件なら今ので事足りるはずだが

「今から氷室川に沿った所にある工場地域に来い。ホワイトエンジェル」

 オーソドックスな
 今時三流サスペンスでも使わない文章が年代物の携帯に映っている。
 くそっ富美がこんなユニークなことが出来るわけがない、人の名を使ってからかうのは黒田だけで充分だ。
 慣れない携帯を弄くって着信履歴を見れば、本人が送った一分後にこのメールが届いている。まだ間に合うな
 俺もメールを打ち込む。

「殺しに行くから待ってろ」

 すぐに携帯を閉じるが少しだけ考えてもう一度開く





 氷室川の近くには使われていない工場がたくさんある。昔の全盛期には工場がここらへんを埋め尽くし排水なんかをこの川に流して発展してたらしいが時代がすすむに連れ、規制が厳しくなったり景気が悪くなって需要が取れないやらでその半数近くの工場が廃棄されてしまい、解体するのも金がかかるという理由で錆びた鉄屑のような屋敷がほとんど無人になっている。
 面倒な所を指名したもんだな、昼近くだと言うのに殆ど人気がない、加えて廃棄された工場は馬鹿どものたまり場になっていることが多いから例え悲鳴が聞こえたとしても寄らぬ、触らぬを突き通すだろう
 その工場地帯の入り口で案内人の奴が一人煙草を吹かしながらこちらを見ていた。

「来たか、歩さんがお待ちだ」

「孝介の方じゃないのか?」

 すると案内役は小馬鹿にするように少しだけ笑いながら

「あんな奴の言うことを聞けってか?すぐに歩さんがブッ倒してくれる」

 やっぱり中期の奴らか
 ホワイトエンジェルの歴史には前期、中期、後期の段階がある。
 前期は孝介の奴が高校で古臭く番長になろうと喧嘩していた時期
 まず三人グループのリーダーを校舎裏なんかに呼出し一対一で決闘みたいなのをやった。負けたら何でも言うことを聞く奴隷になる代わりに勝ったらホワイトエンジェルスに加わるのを条件の下正々堂々と喧嘩し相手のグループを吸収していった。そして仲間が増えたら喧嘩の立ち合い人になってもらう、相手のグループの人数分だけで囲んで半円を作り、もう半円は相手の仲間で補って決闘場を作る。
 勿論孝介達はリンチなどはしないが相手が約束を守らずに大勢で攻めてきたり、道具なんかを使った場合はそのまま乱闘になり、また後日に円を作り再戦となる。それを繰り返していくと負けた相手が下り、そうしてでかくなっていったのが前期
 後期は二年に上がった孝介に尊敬を抱いてホワイトエンジェルに入っていった時期
 ホワイトエンジェルの話は他の中学でも有名となりそこに憧れ多くの一年が加入し膨れ上がっていった。
 一年の間では既に生きながらの伝説であり、ホワイトエンジェルに入るために日々努力しているとも聞く、孝介の命令を絶対だと思っているこいつらは孝介のことを裏切るってことはまずない
 問題は中期
 前期では同級生を、後期では下級生をまとめてきたがこの中期では反抗勢力をまとめていった。
 少しずつでかくなって、不良と呼ばれていた同級生ほぼ全員をホワイトエンジェルに入れた頃から闇討ちが流行り始めた。
 下校途中に引きずられてリンチされたり、バイクからすれ違い様にバットで殴られたりが行われた。
 犯人は孝介のことを快く思わない当時の二、三年の先輩達が結集して作られた軍団がホワイトエンジェルを襲い始めた。
 ホワイトエンジェルの方も孝介の命令を聞かずに仲間の報復が始まったから段々荒れて来て学校全体を巻き込んだ先輩達と後輩達の喧嘩になっていった。その時に面白そうだからと言う理由で黒田に引き連れられてホワイトエンジェルに入団して喧嘩に明け暮れたから未だに一部の先輩には目を付けられてしまっている。
 そんな中でも孝介は今まで通り相手の人数分だけ仲間を引き連れ円陣を作ろうとしたが結局乱闘騒ぎになってしまっていたがしかし遂に両軍団全員が立ち合い人となった一対一のリーダー対決は孝介が勝って相手全員孝介の傘下に入るはずだったのだが、負けと見るや直ぐさま空中分解を始め、実質加わったのが三割ほどしかも事あるごとに孝介に喧嘩を吹っかけてくるような奴ら、忠誠にはほど遠い
 そんな奴らだからやることもヤバイ

「しかしいつの間にホラーマンがそんなに偉くなったんだ?」

 案内人は周りの工場に比べれば比較的新しいに入り俺にも入るように促してくる。
 車の部品の生産工場だったんだろうか、機械類は大分片付けられているが当時に染み込んだオイルの臭いが工場全体を包み匂ってくる。

「きやがったな」

 大型機械類はなくなっているが代わりに廃棄寸前のソファーがあちらこちらに並べられていたり奥には改造車が停めてあるのが見えるすっかり自分達の居心地がいいように手を加えているらしい、そのソファーに腕を広げ王者のように座っているのがさっきまで孝介についていたスキンヘッドのクソ野郎

「孝介にも負けるような雑魚が何の用だ?こっちはそんなに暇じゃないんだ用があるなら早くしてくれ」

「強気じゃねぇか黒沢、愛しいお姫様の身は心配じゃねぇのか?」

「もう終わったんならよっぽど早いんだな、もう少し頑張ってみな」

 ホラーマンは卑屈に笑う、完全な強がりだったがその笑った顔を見て見当通りだと分かって安心した。だが正念場はここからだ、こっちには相手のジョーカーが最弱のエース変わる切り札がある。問題は使い時。

「お前が眠った後たっぷり可愛がってやる孝介のクソ野朗の前でな」

「はっ、予想はしていたが孝介は俺が無理矢理富美を攫ってメールを送ったそうだな、馬鹿な奴だ」

「あいつは馬鹿だからな、信じてお前を殺しに来るぞ」

「もういい、それなら孝介もぶっ倒してお前達も殺すんだから富美の場所を教えろよ」

 視界の横に一瞬何かが映る、すぐにそれが何か分かり避けられる物だったが反射行動にムチを打ち、敢えて受ける。

「覚えているか!黒沢!!お前に殴られて折れた歯がまだ疼くんだよ!!」

 さすがホラーマンの舎弟って言った所か、不意打ちのくせにあまり痛みはない、孝介の方が何倍ものをくれる。それでも殴られ続けている間は三文芝居で蹲ったままうめき声なんかを時折出してみる。

「まぁいいだろう、お姫様はここの隣の倉庫だ。随分近くにいるのに残念だったな」

「だとよ、聞いたか黒田」

 自然とにやけちまう計画では腕の一、二本は覚悟してたんだが予想以上に早くぼろが出たな、俺は倒れ込んだせいで付いてしまった埃を叩き落としついでに胸ポケットに入っている黒田の携帯に話し掛けてみる。今の携帯は思ったより便利だ、ハンドフリーで話せたり一度に複数人と話せるなんて

「ホラーマンに伝えとけ、姫は召し使いが救い魔王は勇者に倒されると」

「歩、富美さんを掠った罪は万死にあたいする。ホワイトエンジェルスはお前達を除いて全員揃った」

「黒沢!」

「孝介を騙して俺とやり合わせたかったらしいが惜しかったな」

 ホラーマンは合点がいったらしい

「黒田の野郎か」

「あぁ」

 始めから孝介がこんな事をやったとは思ってなかった、そこで黒田に電話してみるとすぐにホワイトエンジェルスに所属している奴を捕まえ動きを聞きくと孝介は屋上の一件の後保健室から退出して授業を受けていたらしかったが四時間目の休み時間に来たメールを見るや否や、ホワイトエンジェルを召集しだしたらしい
 それからの黒田の行動は早かった、あんみつ食い終わって教室に入っていたので直ぐに特進科の中でも富美と仲のよい女子から本当にいないのかを聞き次に孝介の妹早苗に電話した。
 直接孝介に電話してもあの猪には何も受け付けないことを先読みして、早苗を緩和材として間に入れることによって何とか話が出来る所まで持って行ったいきさっきの通り俺が掠ってないことの証明と富美の居場所を吐かせるために先に俺だけ突っ込んだ。
 隣の工場からけたたましい音と叫び声が聞こえるもう孝介のホワイトエンジェルスが動いているんだろう、ここの裏からもぞろぞろと俺が入って来た正面からもぞろぞろと本当にホワイトエンジェルスの全員を集めたかのような量になって来ている。

「黒沢ぁ〜、テメェ」

「自分の力量を見て喧嘩売るんだったな」

 ホラーマンの方はというと確かに内の学校の先輩と見覚えのない他校の生徒はいるのだが隣にどれほどいるかしらないがここにいる人数はホワイトエンジェルスの半数も満たしていない、押し潰されるのは時間の問題だろう
 ホラーマンもそれは察したのだろうか一瞬諦め顔になったが髑髏の入れ墨のある方の手でポケットからそういう店なら一番ベターなバタフライナイフを取り出した。

「これならどうする!?黒沢!!」

「どうするってか?メールで送っただろ、変わりはしないテメェを殺してやる」

 状態は前屈みで肘を引きナイフを両手で持って脇に添えられ堅くなっている。どこぞのヤクザ映画に出てきそうな構えは案外こんな状況下で自分に酔っているかも知れない
 そんな構えから見えてくるのは振り上げてからの切るではなく唯単純に刺す構え、だから笑ってしまうこれからやろうとしていることに一番助かる構えになっている。
 こういうのを悪運っていうのか?
 驚いたことにナイフを突き付けられているのにビビったり恐怖ってのは感じてない、ただほんの少しだけ憂鬱になる。

「分かっているって泣くなよ富美」

 これが呼び水になったかのようにホラーマンが叫びながら俺を突き刺そうとしている、だから俺はそのナイフに飛び込んだ。





 人は予想外な行動をされると途端に脆くなるなんて誰かが言っていた気がするがそれは正しかったらしい

「痛てぇ」

 血が傷口から絶え間無く流れている。
 どうにか止めようとしてテレビでやっていた心臓より高い所に置いてみたら馬鹿っぽかったので今はぶらぶらしてさらに血が流れていている。

「よう勇者様」

 周りは少なからず目に見えるほどの傷を負っているにも関わらず黒田だけは無傷で俺にあのムカつく笑顔を見せている。

「黙れ召し使い、それより富美は?」

「無事、どうせ見られるの嫌だと思ったからここには連れて来なかった」

「サンキュ」

「しかしよくあんな場面であんなことを思い付くなぁ、ほれ包帯とオルナイン」

 朝とは逆立場で放られた物は一つは右手でキャッチできたがもう一つは握ることが出来ずにたたき落としてしまった。
 左手から抗議するようにまた痛みと血が流れる、そう刺されたのは左の手の平
 格闘家でもない俺がホラーマンのナイフを避けられるとは思っていなかった。だから一番刺されても危険の少ないと思った手の平を自分からナイフに刺すようにした。ただし右手では次に渾身の力でホラーマンを殴りつけようとしながら
 ホラーマンはまさか自分から突っ込むという予想外の行動に気が緩みそこに不意を突く形となったストレート
 結果は今そこで伸びているのが敗者だ。
 目覚めた後ホワイトエンジェルスの総折檻が始まるだろうが俺には関係ない
 オルナインを染み込ませた包帯を片手で巻き付け辺りを見渡すと向こうでは孝介と黒田が何やら言い争っているが概ね倒れているのがホラーマン達、立っているのがホワイトエンジェル達って明確に別れている。
 ホラーマンが一発でのびると勝ち目がないことを知り出入り口は完全に塞がれているのに我先に逃げようとする所をタコ殴り、それは喧嘩って呼べるものじゃなくやりたい放題だった。果ては寄せ集めのせいなのか敵味方が分からなくなり同士討ちを始めて見る間に数が減っていった。

「なんでお前が富美さんを助けてんだ!」

「黒沢に頼まれたに決まってんだろ、変な勘ぐりしてんじゃねぇよ」

 馬鹿が向こうで馬鹿な理由で喧嘩している。
 あぁ平和だ、クソ疲れた早く帰って眠りたい