0宴の前に



 血が流れていく
 剣で斬り付けられた胴から
 矢が突き刺さった肩から
 魔法で裂傷した額から
 足は叩き折られ
 眼も霞み
 惨めにも這いずる事しかできず
 その後には血の道ができていく、だがここでは死ぬ訳にはいかない
 我が死してもあの者達を止めなければ、我らの魔王を、ラティスを護らなければ

「魔王ラティス、貴様が紡ぎあげた野望もここまでだ!!」

 我の這いつくばった視線が少しだけ困ったように微笑んだまま抵抗すらしない魔王を振り上げた勇者の剣が貫いたことを映した。





 遥か昔の世界には何もなかった。暗闇しかなく物という概念すらない、ただ果てしなく無でしかなかった。
 そこに全知全能である神ディアモアが誕生した。
 ディアモアは百万の年をかけて生み出した聖槍パルプスの槍を使い、百の年をかけて宇宙を創り、百の月をかけて星を創り、百の日かけて後の生態の元になる百の種族の生命を創っていった、そうして創り出されたこの大地にディアモアは降り立った。
 創造された動物は自分達に命を授けたディアモアに感謝しこの世の神として崇めて神殿を造り、身を捧げて尽くしていたが、一匹だけはそうではなかった。
 百番目に創られて魔物という種族は神にとって唯一の失敗作であった。
 魔物という生物は顔がひどく醜く、他の動物なら日の光を好むのに対して魔物は薄暗がりや淀んだ場所を好み、食べる物といえば腐った果実など、何もかもが他の生物とは違う魔物は気味悪がられ、いつも仲間の輪から外されて石を投げつけられていた。
 それでも魔物は仕打ちを嫌がってこそいたが誰も憎むことなく他の動物達のように命を与えた神に感謝し、崇め敬う気持ちは同じではあった。
 だが魔物はやはり失敗作であった。





 魔物の顔は長い年月石をぶつけられていたために更に歪み、他の生物に見つからぬようにいつも何処かの洞窟に逃げ込み毎夜を過ごしていたのだが、遂にそんな生活に耐え切れなくなり夜中に見張りの隙を突き神殿に忍び込んでディアモアに願い出た。

「神よ、私はこのように醜い姿です。知能も高いとは言えません、そのせいでひどい仕打ちにあっています、どうか私をもう一度創り直すか、さもなければ今ここで命を奪ってください」

 ディアモアは驚きました。
魔物と他の動物達との間が良い関係ではないことは知っていましたまさかここまで追い詰められるほどに酷いとは思ってはいなかったのだ。

「魔物よ、あなたの願いは分かりました。しかし生まれ変わる必要も死ぬ必要もありません、私からやめるように皆に伝えておきます」

 魔物はそれでは何の解決にもならないとなおも食い下がっていたのだが尊敬していた神の言葉に従い、その場は何もせずそのまま立ち去った。





 それから数日経っても魔物に投げつけられていた石がやむことはなかった、寧ろ神に願い事をした不届きな者として仕打ちは激しさはさらに増していったのであった。





 魔物はこの世に絶望し、そして深く誰にも見つからぬ洞窟で石同士を擦り合わせ研磨した石の槍とも言っていいほどに鋭く削られた先端で自身の心臓を貫いたのだが生命力の強い魔物は生きていた。
 光届かぬ洞窟では助けを呼べこともできず、助けてくれる友もいない、激痛が絶えることなく襲い掛かり他の動物なら致死量を超える血を流しているのに死ぬことができない、その狭間でいつしか魔物はこんな体を生み出した神を怨む気持ちが芽吹き出していた。
 胸の傷は何ヶ月も痛んだがその間、魔物は呻き声を出さず深く暗い洞窟に潜んで時が過ぎるのを待っていた。そして傷が癒え洞窟から出る頃には魔物は神の力にも匹敵するほどの威力を持つパルプスの槍を奪うことを決意していた。
 魔物の嫌う日が高い時に今度は忍び込むことなく堂々と神殿に入るとディアモア様のおかげで問題が解決したと言い、感謝の礼として正式に神殿に仕えたいと申請してディアモアはそれを快く通した。
 他の動物は魔物が神聖な神殿に仕えることを忌み嫌っていたが敬愛する神の眼前ゆえに追い払う訳にもいかず、ディアモアもまさに一生懸命な魔物の働きぶりに一目おくようになっていった。






 神殿に仕えて何年もの月日が流れ、次第に周りもどんな仕事も何一つ文句も言わずやってくれる魔物を受け入れ始めるに連れ今までのような仕打ちも減っていった。それを見ていたディアモアも辛辣な表情を浮かべた魔物に相談されたことなど忘れてしまっていた。
 ある日魔物の思惑など知らないディアモアは遠くの地の争いを鎮めるため神殿を離れる間、その大事なパルプスの槍を魔物に預けてしまった。
 魔物はパルプスの槍を手に入れると神殿の中にいた皆を追い出し、神が戻ってくる間にパルプスの槍で兵となる怪獣達を創り出して軍隊を組むと神に戦いを挑んだ。
 事態にいち早く気付いたディアモアは慌てて引き返してみたのだが既に魔物の軍隊は強力なものであった。
 その戦いは熾烈を極め、山は裂けて川となり、海は蒸発して陸地にするほどだった。しかしいくら敵を倒しても無限に生み出されるその果てしない戦力の前にディアモアは僅かだが確実に傷付いていき、他の動物達も神に協力をしていたが最後には神が敗れ魔物の手によってパルプスの槍で突き上げられた。
 そして神であるディアモアの血は大地に染み渡り、命を落としてしまった。
 魔物以外の全動物が神の死を悼み、その後も皆が何度も主のいなくなった神殿に移り住む魔物に挑んでいったがパルプスの槍の力を使って張った結界すら破ることができずに屈してしまった。





 それから魔物の支配する時代が始まった。
 魔物は今までの復讐をするかのように貢物を用意させたりなど小間使いし、気に入らない事があればパルプスの槍を使い天候の操作や怪獣を生み出しては襲わせていた。
 それが何百年と経ったある日
 気付けばいつの間に入ったのか分からないが五人の人間が結界で護られているはずの神殿から出てきのだ。そして驚くべきことにその五人の一人の手にはパルプスの槍が握られていた。
 皆が真実を確かめるために結界が消えた神殿の中に恐る恐る入ってみると争った跡が残っていたが魔物の姿はどこにも見られなかった。
 ある者が五人に何者かと聞いてみると、ただ一言

「私達はディアモア様の使者である」

とだけ口にした。
 それから五人の勇者を囲み魔物がいなくなったことを祝して全動物が種族を越えた大宴会を行ったが、次の日皆が目を覚ますと五人の勇者は誰一人として残っておらず、パルプスの槍だけが残されていた。
 忘れてはいけない、魔物にとって絶対的な死はないのだ。いずれまた魔物が横行する時代が来るだろう。だがその時ディアモアの意志を持った五人の勇者が必ずや悪を討ち果たすであろう
カフス聖書より