1始まりの唄 世界に恐怖と絶望を振り撒いていた魔王は人間によって倒された。 その五人の人間は突如我らの城に入ると警備に就いていた仲間を次々と討ち倒しながら押し進み、魔王の守護していた我を瀕死にまで追い込んだ。 そして我らの魔王は勇者の手によって我の目の前で刺されて亡くなった。勇者達は魔王を倒すとしきりに歓喜の声をあげていたが他の仲間達が気付く前にまた素早く立ち去って行った。 それは悪夢に出てきた嵐のような瞬間的な出来事であった。 それから魔物達は魔王のいなくなった城で今後についての話し合いが行われた。 その話し合いはなかなかまとまらず、中にはその五人の人間たちに復讐しようとする者や自分が新しい魔王になろうと力を示す者もいたが何日にも及ぶ話し合いの結果、最終的に魔王が新たに転生するまで待つ事となりその時が来るまで自分達に封印の魔法をかけていった。 だが我は違う、皆のように何時になるか分からない魔王を待つより、今よりもさらに強き魔王を見つけてこれ以上の軍団を作ってみせる。 我は魔王がいない城を抜け出し旅に出た。 探し出すのは人間、あの種族は肉体こそは弱いが鍛えれば魔物以上の強さになることは実証済みだ。加えて知恵があり、そしてなにより貪欲までに欲するあの欲望は時として魔物をも上回る。 だが十年ほど旅をしたがこれは、というのはいなかった。 溢れるほどの野心がありながら我を見ただけで震え上がる者、そうかと思えば名を馳せようと我に挑むがあまりにも弱すぎて殺す気にもならない者 やはり我にも勝てぬ者など魔王として相応しくない。 だがそれからまた何十年と旅をして我は遂に見付けた。魔王になりえる素質を持った人間を その者は女でありながら驚くほど悪意に満ち満ちて、人でありながらその魔力は過去の魔界の四天王以上なほど 我は決めた。 この者しかいない我が魔の道に教育し、いずれ魔王として全てを支配させてみせる。 その女は風が心地好い草原で髪を靡かせながら何か思いごとをしているようだった。 「そこの女、我を使い魔として契約してみぬか?」 そして彼女はゆっくりとこちらに振り向き、一瞬何かを思い詰めた顔をした後その内側から滲み出る悪意をまったく感じさせぬ笑みを浮かべて 「ケロベロスかぁ、ちょうどいいわ、ただし契約する条件として私に仕えるなら名前はポチに決定」 これが新しき主との始まりだった。 「なっ!ふざけるな!なんだその名前は!?貴様はわかっているのか使い魔にとって名前がどれほど重要な意味を持つかを!?」 いくら我でも我慢できぬ。 使い魔にとって名前とは契約者に命を預けるようなもの、主が危険な状況に召喚されるのも逆に使い魔が暴走した時に封印するのも名前によってであり、これによって使い魔は主人に絶対の服従を誓うことになるそれが 「なぜ我がポチなのだ!」 「だってあなた犬じゃない!」 「ぐっ」 我の一番言ってはならない言葉を的確に突いてくる。 ケロベロスの一般的なイメージとしては鎖を付けた頭三つの犬で、地獄の門の前に立ちありえないぐらいの大きさがあるような考えが持たれているが実際はそんなことはなく頭は一つで外見も大型犬よりひと回りかふた回りぐらい大きい以外はいたって普通の真っ黒な犬に見える。 ゆえに昔から言われ続けている決まり文句だ。 「我はケロベロスだ!頼みからもう少しマシなのにしてくれ」 「ならミケかタマね」 即答だった。 「すでに犬ですらないではないか!!」 「うるさいわね、それじゃあ、ケロベロスだからロス!もうこれ以上文句を言うなら面倒だから契約しないわ」 本当にどうでもいいように、というより既に興味を失ったらしく顔はこちらを向いているが目線は近くを横切った綺麗な蝶に対象が移り我を見ていない 「考えてないことが明白だが、しかしロスか、まぁいいだろう」 「なら決まりね、じゃ血の契約はちょっと手間がかかるから家でやるとして、まずは友情の握手ね」 そういうと彼女はまた優しそうな笑みで手を差し延べた。契約は信頼関係が大事だし我もそういうのは嫌いではないので差し延べられた手の上に我の前足を乗っけ 「お手」 前足を乗っけたりはしなかった。 「チッこれから教育が必要ね」 「だから我は使い魔であってお前のペットではない!!」 「私にとっては同じよ!」 「だから!いやもういい、それよりまだ名前を聞いてなかったな」 「私はルナ・ミスティック様よ、呼んでごらん」 「頭は大丈夫か」 マズイ、物凄い速さでルナの手に高濃度の魔力が貯まっていく 「そ、そうかルナか、あぁいい名前だ。いいぞ、気にいった我は好きだぞ」 「まぁいいわ、時間はたっぷりあるんだしそれより急がないと期限が過ぎるから早く来なさい」 本当にこいつは我にルナ様と呼ばせる気なんだろうか 「してルナよ、どこに行く気なのだ?」 「勇者学校」 そうか、我の人選が間違っていたことを今更ながらに感じた。 |