夢を見たと言うよりは過去を夢の中で思い返したと言ったところか
 夢の中の俺はまだ幼く視界の低さと町並みの古さから察するとちょうど富美と出会った小学生頃に戻ってるのが分かった。まるで自分のメモリーフィルムを大画面のスクリーンで見ているような自分なのに何も出来ないもどかしい気持ちにさせられる。
 
その俺の隣には何故か顔は今とほとんど変わっていないものの違うことはいつもころころ表情が変わるその顔には全く表情が浮かんでおらず、怒っているかのような無表情の富美がいる。
 そうか、思い出した。
 あの頃学校周辺に変質者が出たらしく親達は安全の為に生徒の集団登下校をしろと訴えて来たのだが学校側の返答は、集団登下校は生徒達の自立心を損なうとかの理由で廃止されたので代わりに女子は必ず同級生の男子と一緒に行かないといけなくなりそして俺の担当だったのがこの富美だった。
 この地域の男女比率は圧倒的に男子の方が多かったからほとんどの男子は好きな時間に友達と一緒に行ける特権があったのに俺には富美が付いた。
 富美は転校生だった。
 父親は世界的に有名な製薬会社の支部の部長だか課長だかそれなりに重要な地位で母親はその道の最前線で活躍するファッションデザイナー、とにかく親の遺伝子がいいと子供もそうなるのか富美はガキとは思えないほど落ち着きに払って無表情でいた。
 馬鹿ばっかりやっていた俺にはガキのくせに敬語を使う富美を好きになれないのと今まで友達と一緒に通うという特権を富美によって奪われた気持ちになり相手からも何も話しかけてこないので常に登下校中は必要なことしか話さない冷めた夫婦みたいになっていた。
 富美は女子内でも転校生と言うことで始めはちやほやされていたが時間が経つに連れて飽きられたかのように一人になることが多くなり富美もそれを嫌だと言えばいいものをそれすら言わないからどんどん周りから疎遠になっていった。

 それでも義務は義務だった。他のガキのように女子を置いてぼりにしたりしなかったし、かといって一緒に並んで手を繋ぐような事もしなかったが俺が二、三歩前を行き時々振り返るような事を毎日やっていた。






 
スクリーンの映像が変わり次には小学校の教室が映し出された、そこに映った俺はもう名前も思い出せない同級生と喧嘩している。
 
俺の動悸が早くなってきているのがわかるスクリーンの中の俺じゃないこの映像を見ている今の俺がだ。
 リモコンやスイッチでこの続きを見まいと探してみるが元よリそんな物はないそれなのにもう深くに刻まれ嫌でも忘れらない説明が頭に響いてくる。
 富美は話す相手はいなかったが男子からは結構人気だった。
 
転校生という物珍しいってこともあったがそれ以上に富美は可愛かった。そこらの大口を開けて笑うような他の女子にはなかったおしとやかさや気品ってものがあったからさらに富美へ想いを寄せる男が多くなった。
 
しかしその頃の男子というのは好きになった相手に媚びたような事をすると負けたように気になるためか気持ちの矛先がからかうって形で何もしていないのに富美の側にいられる俺に向かって来ることが多かった。
 体抵の奴なら無視していた。だが当時仲の良かったその誰かに女子との登下校をちゃんと守っている事を馬鹿にされ、よせばいいのに気付いた時にはそいつを殴っていた。
 
そこから映像は今までと違い早送りをしたかのような確認出来なくなりそうなほどの速さでどんどん進んでいく
 
殴り合った場面からすぐに周りから止められ、教師からは事情も聞かずに喧嘩両成敗って理由で怒られ釈然としないままその後の授業を受けた映像が流れていきそしてやはり一番嫌な場面でまた再生を押したかのようにまたゆっくりとなる。
 掃除の時間も終わり下校のみとなった時いつもの通り一人で過ごしていた富美が俺の方に寄って来た。そしてその日の俺は富美を追い払った。
理由なんて何もない、強いて言うならあの誰かに言われたことを気にしていたのかもしれない
 
富美は予想していた通り聞き分けよくそれ以上俺に何かを求めるようなことをせず、女子だけの集団下校にも交わらずに一人で教室を出て行った。
 
覚えている。本当はあの時駄々をこねて欲しかった、理由を聞いてそんな馬鹿なことで放棄するなんておかしいって言って欲しかった。そうすれば俺は富美がしょうがなく求めていると都合良く納得して一緒に帰っていたしもしかしたらあんなことは起こらなかったかもしれない
 
そんな馬鹿な俺は富美が教室から出てったのを確認すると仲間とは一緒に帰らず今出てったばかりの富美を後ろから追い掛けた。
 
その時の俺は馬鹿の上に卑怯だった。
 一緒に帰らなくても陰から富美を守ってやればいいなんていつかの戦隊ヒーロー番組の主題歌を頭に流しながら追い掛けていた。





 富美への尾行は気づかれることなく順調に進み家までは後もう少し
の距離夕日は沈みかけ、辺りが夕焼けの朱と暗闇の蒼が交じりあい世界中がこんな紫になっているんじゃないかと錯覚するほど怖いほど綺麗な時間にその男は立っていた。
 
皺なんて何処にも見当たらない一目でわかる高級スーツに泥跳ねなんか一つもない綺麗な革靴それに手には今しがたまで出張していたかのようなボストンバッグ、自分の子供を一度も怒ったことがないような優しそうな顔をしている。サラリーマンしてはこれ以上いなそうなほど完璧
 だが完璧過ぎて不完全が特徴の人としての匂いがしない、テレビでやっているような人型ロボットと対峙しているような違和感があってそして何より気味が悪いのは目がおかしい、漫画などで書かれている狂気の目なんて陳腐の表現が一番似合う危ない目、人の顔色ばかり窺うガキだからこそ分かる。
 この男は狂人だ。
 
俺が走り出したのはそいつがスーツには似合わない金属性バットをボストンバッグからサラリーマンなら当たり前かのように取り出したから、新品の金属バットを狂気の目をしたサラリーマンが持っている、それはまるでちぐはぐな写真を合成したかのような滑稽な姿に寒気を覚えた。
 
今ここには富美と俺しかいない
 
そして男は富美の前にいた。
 
映像を見ている俺が吐きそうになる、画面の中の自分が感じているだろう動悸や息遣いの何倍も辛いのが襲ってきた。
 こんな時にかぎって嫌になるほどスローで映像が進む
 
走りながら何かを叫んでいる。男も富美も気付いてこちらに視線を送った。
 男は恐ろしい顔をして、富美は何故だか悲しい顔する。
 思ったよりへっぴり腰の男が両手でバットを振りかざした富美は逃げるのではなくただ振り上げている男を見上げている。
 バットが振り下ろされ始めた頃俺が追い付いた。
 さっきまで頭の中に流れていたかっこよく悪党と戦う戦隊ヒーローの主題歌なんか吹き飛んでいた、ただ恐くて今すぐ逃げ出したくても、やるべきことは分かっていた。
 追い付いた俺は富美を後ろから飛び掛かり押し倒すと強く羽交い締めにした。周りからはこのサラリーマンの男に富美を抱え込んで土下座しているように見えただろう
 
バットは破壊する目標を罪なき転校生から馬鹿で卑怯なヒーロー変えた。
 一、二発は痛くなかった。
 背中からの押し潰そうとする力を耐えるだけで済んだ。
 次の三発目には気を失いそうになった。
 あいつの綺麗な革靴のつま先が脇腹に突き刺さった。
 映像を見ている俺もあわせるように背中と脇腹に痛みを覚える。
 
それからは何発受けたのか覚えていない、もう痛みも麻痺して感じなくなり背中は熱を持って脇腹が脈打っている。
 こんなガキの俺が誰だか知らないサラリーマンにバットで殴られるなんて非現実的のような状況で俺の中で震えている富美だけが唯一の正しい現実に思えた。
 富美の頭だけを見ていた視界が端にふいに黒い物体を見掛けたと思ったら俺は空を見上げていた、一瞬何をされたのか分からなかった。気づけば額がぬるぬるして温かい、生命の潤滑油が流れ漏れていた。
 富美が消えた視界にさっきまでの紫の時間は終わってしまい朱が失った空は蒼だけしか映していない、けど俺はその中に三つ白い小石のように並ぶオリオン座を見た、それはさっきの紫よりも綺麗に見え反射的につかみ取ろうした瞬間に腕の中に富美がいないこと気付き次に自分がのけ反っていることに気付いたがもう動けなかった。
 身体は痛みを思い出し間接の何処にも力が入らない。だからバネが自然と元に戻るように重力に従いさっきまで降ろしたてのように綺麗だった革靴から今は泥跳ねをしたかのような血が付いた汚い革靴に倒れ込んだ。