12光届かぬ場所で

ロスは今現在、落ちていた。それはもう見事な落ちっぷりだった。
 森羅万象、万物の理に従い、重力に引かれて自由落下しながら徐々にその落下速度をあげ、最終到着地点の衝撃を凶悪なものとしているにもかかわらず、本人に聞かれれば即座に怒り出すだろうがまるでよくできた犬の剥製のように身動きとらず重力に体が引っ張られた時の、そのままの姿勢で落ちていた。
 もし落下姿勢維持大会などがあれば上位入賞は間違いないだろう、だが残念なことにこれでは優勝は無理だ。確かに姿勢は剥製のように動いてはいないのであるが、体はさっきからプルプル震えているのである、そう特に鼻先あたりが





「風の霊よ、お前を崇拝している我に風の祝福を授けよ、ホースル!」

 ロスの足元に魔力が溜まるとそれは風の層となり重力に逆らうように下から押し上げ、殺人的にもなっていた落下速度と相殺されていき地面に降り立つ頃には完全に両方の力は死んでいた。そして降り立つとロスは右に、左へと首を振り辺りに人がいないかを確認した。何度も何度も確認した。

「ここなら聞かれまい」

最後におまけのように辺りを見渡し

「へっくち!!」

「風邪ですか?風邪は引き始めが肝心です、家で休んだ方がいいです」





 見られた!!
 校舎前でお互いを見詰め合ったまま、驚愕した顔で固まっているであろう我と不思議そうな顔で固まっているシフォンの間に先程割ったガラスの破片がパラパラと降ってくる。
 何故こんな奇妙な状態になってるかと言うとそれは我がまだガラスも割らず三階の待機所で眠っていた時
 その時、我の鼻に花粉か埃が入りこんだのか理由はわからぬが自然とそれを排除しようと体が勝手に反応する行動つまりはくしゃみがしたくなったのだ。
 ところで急にだが、我はイメージ図というのはとても大事だと思う、例えばここにとても顔のかっこ良くて頭も良いのでモテる好青年がいるとする。しかも日頃の生活態度も素晴らしく清潔感もあって、まさに完璧と呼ぶのに相応しい男であるのに、たった一度でも気を抜いた行為、酷い顔でのアクビや派手にすっころんだりなんか普通の人なら何度もしているようなミスなんかをすると女子はその男が完璧故にそういうミスはしないというイメージを膨らませいればいるほど一変して好かれていた女子から白い目で見られると聞く
 つまり我が言いたいのは日頃のイメージがどんな時も当て嵌められてしまうと思うのだ。
 というわけでくしゃみをした後を瞬時にシュミレートする。

「へっくち!!」

 多分こんな声になってしまうだろう、昔からラティスには「顔は恐いのにくしゃみやアクビの時はどんなペットよりかわいい」と言われ続けている我が待機所でくしゃみをする。それこそこの部屋で四天王として、恐怖の象徴だった我がそんな声を出したならば精霊達は影で笑うだろう、いやそんなことをルナが見逃す訳がない
 あいつの性格だ。
 それから少なくとも一週間以上はからかい続ける、それか事あるごとにこれ見よがしにくしゃみのまね事をするかもしれん、魔界の名誉のためにもそれだけは絶対に阻止せねばならない!だから必死に考えた、だがどうする?どうすれば誰にも見つからずにくしゃみができる?廊下にでるか?いや教室を通ってる間にしてくしゃみをしてしまっては精霊よりたちが悪いルナがいる。闇に変化してごまかすか?いやこんな事で切り札を見せるわけにもいかない。
 そこで我がとった行動は外ですること、この学校はある人物のせい何度も行う改修工事のおかげか、教室内の人は外の音がまったく聞こえない、ならば!!剥き出した爪は窓ガラスを軽く粉砕、それから窓枠に足を掛けて空中に飛び出る、普通ならば三階から落ちたとなれば重症だが我ほどの上級の魔術師ならば

「なんともないな」

 魔法を使いうまく地面に降り立つと遂に我慢に我慢を重ねたくしゃみをした。

「へっくち!!」

 あぁここまで道程は数秒ではあったが長かった、あそこで窓を破るという機転がなければやばかったな、これでラティス達の時から続いているくしゃみを聞かせない記録がまた一つ延びた訳だ、そんな幸せに浸っている瞬間に上から声が降って来たのだ。

「風邪ですか?風邪は引き始めが肝心です!家で休んだ方がいいです!!」

しまった、シフォンは跳べるのであった!上への確認は怠っていた。多分心配して待機所からここまで追って来たんだろう

「シフォンよ、今の聞いたか?」

「くしゃみだと言って油断してはいけません!!」

あぁやっぱり見られていたのか。密かに誇っていた我の連続くしゃみを人に聞かれない記録が

「頼む!どうかこの事は我とシフォンの間だけの秘密にしてくれ!!」

「えっ!?私とロスさんだけの秘密ですか?分かりました!私、ニンフのシフォンはどんな事があってもこの秘密を守ります!」

 よく意味を分かってないようだが本人とも約束したし、聞かれたのはシフォンだけのようだし、とりあえずは安心か

「シフォン〜どうしたんですか〜」

 三階の教室から騒音を聞き付けて授業を中断してまで心配そうに顔を出したルナ達の中からシフォンの契約者のイーシャが代表のように聞いて来た。

「何でもないです!!がただくしゃ・・」

 楽しそうに秘密を暴露しようとしているシフォンを尻尾で叩く

「ばらしてどうする!?シフォン今約束したことを忘れたのか?」

「スイマセン、!大丈夫です!!私もも何ともありません!」

 イーシャ達はある者は安心したように、ある者は迷惑そうに教室に引っ込むがしかしその様子を見ていたルナだけが

「怪しいわね」

 さっき我がしたよう窓枠に足をかけ跳んだ。

「風の霊よ、あなたを崇拝している私に風の祝福を授けよ、ホースル!」

 三階からそのまま垂直落下していたルナが地面当たるかのギリギリの所で魔法が発動し、浮いている。
 これは落ちてる間に魔法を完成させる早さと失敗した時の怪我を恐れずに魔法に集中する精神がなければできない上級者レベルだが、さすがはルナそれをいとも簡単にやってのけてしまう。

「ロス、あんた何を隠しているのかな〜」

「何も隠してはいない、早く教室に戻れ」

 魔法を解いて地面に降り立ったルナにこにこしながらやってくる、恐怖以外の何物でもない
 ルナがこちらに一歩進めば、我が一歩引く、こちらに二歩進めば、二歩引いて一定の距離を保つ、それといつでも逃げるられる心構えも忘れない。

「それが怪しいというのよ!炎の霊よ、火の雨で奴を貫け!フレイヤ!」

「当たりはしない!」

 できるだけ魔法が降り注がない場所へと移りそこのだけを的確に前足で叩き落としていく

「風の霊よ、私の命に従いこの世の理を統治せよ、スビール!」

 やり過ごした筈のフレイヤが風の魔力に乗り進行方向を変え、再び我へと降り注ごうとするが

「水の霊よ、我の前に立ち塞がり災難から守れ!!ベーシス」

 突如として我との間に多くの水柱が地面から噴き出し次々と炎が衝突して消していく
 勝てるかもしれぬ、
 いつも近くにいて見ているがルナの戦い方は性格通り強力な魔法で押し潰す事を得意としている。
 だからこのように防御にさえ徹していれば確実にルナの魔力を削っていけるだろうし時間が掛け、焦りもでてくれば我に勝機が出てくるはずだ。

「チッ!風の霊よ、空に舞視界を奪え!フラスト」

 風が少しだけ舞あがり地面の土埃を巻き上げ何も見えなくなる。

「これくらいならば、すぐに風魔法で吹き飛ばしてやる!!風の・へっくち!!」

 おかしい、魔法を唱えようとするのにくしゃみが出る。

「風・・へっくち!!へっくち!!」

 クソッ
 くしゃみのせいで魔法に集中できない

「なるほど、シフォンが言ってた、くしゃってこの事だったん・・へっくち!!あんたも土埃とかアレルギーなん・・へっくち!」

 気付けばこの土煙に混じってルナが我の数歩手前まで迫っていたが口なんかを塞いで結構辛そうだ。

「なんだ・・へっくち!!ルナも・・へっくち!!アレルギーなんじゃないか・・へっくち!!」

「戦いに夢中で・・へっくち!!忘れてた・・へっくち!!」

 校庭の真ん中で向かい合いながら、使い魔と主人がお互いに普段の傍若無人なイメージに合わないしゃみを連発している。

「なんかもう・・へっくち!!やめ・・へっくち!!」

「そう・・へっくち!!ね・・へっくち!!やめに・・へっくち!!しましょう」





 その後二人は硬い握手をして校内に戻って行ったのが目撃されたが、何故あの時二人が戦いをやめたのかは皆は知らないただ一人を除いては

「ロスさんもルナさんも埃アレルギーなんですねぇ」

「シフォン、他の奴には言うなよ」

「分かりました!私、ニンフのシフォンはどんな事があっても秘密を守ります!」

「シフォン〜何を話しているのですか〜」

 我の時の魔法で修理が終わった待機所に入ってきたイーシャが会話に参加する。

「何でもないです!!コーチがただくしゃ・・」

 楽しそうに秘密を話しているシフォンをやはり尻尾で叩く

「ばらしてどうする!?シフォン今約束したことを忘れたのか?」

「スイマセン、コーチ!何でもありません!気にしないでください」

 案外秘密がばれるのもすぐかもしれん