14祝福なき英雄


 辺境の村に英雄に憧れる少年がいました。
 少年は戦争で活躍した騎士の話やドラゴン退治で名を馳せた勇者の話が好きで幾度も寝物語として親に伝記を読むように求めました。そして物語を聞く間は、変哲もない村の少年は空想の世界で実在した誰よりもきらびやかな英雄になっていました。
 倒すのはドラゴンやサイクロプスなど思い込む度に倒すのは違いましたが死闘果たし、王様より授かった褒美の品を馬に乗せてちっぽけな村へと帰ってきた英雄を祝福し口づけをする相手はいつも決まっていました。
 少年はある少女に恋をしていました。
 少女はとても愛らしかった。
 少女はとても綺麗でした。
 少女はとても澄み切っていました。
 少年には少女以外に祝福されることなど考えることは出来ませんでした。





 しかし少年が愛した少女は変わっていました。
 少女は周りの制止の声を聞かず、熱病に侵されたかのように毎日魔物が蔓延る森に入っていきました。
 少年にはそれが耐えられませんでした。
 想いが強すぎた上にいつも祝福をする少女が英雄である自分よりも倒すべき魔物の方と繋がっていることに憎しみに近い感情が募りました。
 少年は幼稚で浅はかな考えと自分勝手な正義感で少女を魔物から遠ざけるために脆弱な魔物に暴力を振るいましたがそれは少年が期待するほどに波紋とならず、返って自身の程度の低さを示すことになりました。
 少年の想いは自嘲も含めさらに大きく膨らみ暴走を始めました。
 遂に少年は他人を不幸にしてでも自分だけは幸せになるために小さな嘘をつきました、しかしその代償は少年が生きた世界でした。少年がついた嘘がある大戦への引き金となったのです。
 愛した少女を失い、育だった村は火で焼け落ち、優しかった村人は亡くなりました。
 愛した世界を全て失った少年は、それでも生きました。





 犯した罪の重さよりも生きたいという執念の方が上回りました。それが罪だとも知っていました。少年がついた小さな嘘が浅はかで愚かな考えだったと言い訳が効くわけがなく。自分が、過去を悔やみながらのたうち回り命を落とした者や動物に魔物すらの怨みを背負いながらこの世で一番残酷な死刑を受けるべき罪人だとは分かっていました。
 それでも少年は生きました。





 少年は戦火を恐れ、過去に目を閉じ他国へ疎開する集団に紛れ込んである国の王都へ着くと奴隷や悪害扱いをされながらもそこで少年から青年まで過ごしました。
 全てを失った青年には何も残っていませんでしたが時を重ねて得た物がありました。青年は夢を得ました。それは戦争を行う軍隊ではなく侵略から国を護るために命を掛ける騎士となり弱き人々の盾になることでした。
 正規の国民でない青年には厳しい道でした。
 青年は剣を磨きました。
 日が昇る前から握り締め日が落ちても振り続けました。
 それは少年の時のように自分を幸せにするためではなくもう誰も不幸にさせない、決意の上で得た力でした。
 やがてその力を王国の大小様々な大会で示し、王都で敵う者はいなくなりました。そして稀に見る特例でしたが難民の青年は国を護るナイトの称号を受けました。
 青年の騎士として活躍は目覚ましいものでした。
 王都を根城にしていた罪人のほとんどは青年の手によるものあり、その輝かしい功績を鼻に掛けることのない性格は多くの国民から愛されました。
 そして青年に愛する人ができました。
 小さな花屋の娘で、彼女からはいつも微かな花の香りがする優しい子でした。
 彼女も青年を愛していました。お互いの思いを確かめ合い、王都ではなくひっそりとした近郊に青年が得た金額には相応しくない小さな家を買い、結婚の誓いも交わしました。
 青年は幸せでした。
 決して自分が犯した罪を忘れた訳ではありませんでしたが愛する人を自身の力で護れる幸せも換えがたいものでした。
 そんな幸せな生活も長くは続きませんでした。





 青年が逃げ出した魔物と界境国等の連合軍の戦争は時が経つほど被害が大きくなりそれに連れ連合に加わる国は増えていきましたが、しかしこの大きくなりすぎた戦争を終わらせるほどの決定打がなく小競り合いと言うべきほどの戦いしかなく膠着状態が続きました。それは幻影に近くありましたが死が少ない平和のようなものでした。
 先に人間側が禁じ手とも言うべき手段を使いました、連合に参加している国々からその国で最強と呼ばれる者を一人ずつ出し合い、五人の部隊を作りました。
 その中には青年が含まれていました。
 五人の目的は魔王の暗殺でした。
 兵士ではないと断り続けていましたが攻めることで護れるものがあると諭され青年は一度だけ護るための剣ではなく殺めるための剣を取りました。
 愛する者に必ず生きて帰ると別れを告げ、仲間と共に密かに魔界への森へと入って行きました。森の中で数日過ごし陽動となった大軍の動きに合わせて魔王が住む城へに乗り込みました。
 奇襲は成功しました。大軍に裂かれて城の警護は手薄でした。五人は数少ない魔王の臣下を倒し、押し進みました。





 やがて最後の扉を開くと大きく空っぽな部屋が広がっていました、魔界の王座に座っていたのは少女でした。
 青年はその少女を知っていました。いつも祝福してくれて村と一緒に失ったはずのあの少女でした。青年は混乱しました。容姿まで年を重ねておらずあの時の同じままでした。魔王が少女の名を語っているとは知っていましたがまさかと思っていました。あの少女は少年の目の前で死んだはずでした。
 魔王を殺さず動かない青年は後ろに下げられ、代わり仲間が剣を振り上げました。
 魔王と呼ばれた少女は何もしませんでした。何も言わずにただ困ったように微笑んだ胸に剣が突き立てられました。
 青年の周りで歓喜の声が揚がりました。それは少女を殺して喜んだ声でした。青年はその場に嘔吐しました。その後の事は何もわからず気づけば城に戻っていました。
 その夜に宴会が始まりました。少女が亡くなった事での祝いでした。
 青年はどうしても真実が知りたくなりました。何故全ての人間が恐れる魔王があの少女の姿をしていたのかを、だから酒を飲みました。多くの酒を飲んで酔ったフリをしました。 そして皆が寝静まった頃仲間達を連れて宝物庫へ忍び込んで真実を知りました。
 やはり魔王は紛れもなくとても愛らしくとても綺麗でとても澄み切っていて青年を祝福した少女でした。
 真実を知った仲間達と別れた後青年は妻がいる国には帰りませんでした。様々な人が青年を捜しましたが見つかることはありませんでした。






 少年は少女を殺すことで英雄となりました。
 有史だけでなく創作な物語の英雄でも及ばない輝かしい英雄になりました。
 しかし青年を祝福する少女はいません