3我が家


「ルナ、気付いているか?」

「なんか私のファンがいるみたいね」

 我等がなんとか校長を脅迫もとい説得した後煮え湯を無理矢理飲まされたような表情の教師達から締め出されたくらい、日も暮れてきたので町の案内は後日することになり今日はそのままルナの家に向おうと校門を出たあたりからそれに合わせて誰かがついて来ているのだった。

「教師か?」

「それはないわね校長の決定力は結構強いの、ロスには賞金が掛かっていたわよね?」

「それにしては気配の消し方がなっていない、ハンター系ならもっとうまくやる」

 小声で話しながら本来の道から外れ徐々に人気のない林道に入る、下手に野放しにして置くよりもここで捕まえた方がいいとの決断になったためだ。

「しかしよく気付いたな、尾行は素人同然といっても普通なら気付かないぞ」

「あ〜まぁ幼い時から気配の消し方と隠れる方法をマスターしなきゃいけなかったから」

「どういう意味だ?」

 木々のせいで建物も見えなくなり勿論人なんか自分たち以外誰もおらず、舗装された道も終わり獣道に差し掛かってきた辺りで追跡者が動いた。

「待っていたぞ!ルナ・ミスティック!!お前が人気のない所に出て来るのをな!」

「兄ちゃん、やっぱりやめよ、またボカンってするよ」

「ボカンは・・・痛い」

 木の陰から出てきた追跡者は全身から顔を黒っぽいローブで覆い隠し見た目的には世間的に伝わる国が秘密裏に抱える情報の収集や暗殺なんかをするアサシンに見えなくもないがなんせまだ日が暮れてきたとはいえ、まだまだ明るいこの時間では闇に紛れるそのローブでは逆に目立ち、自己アピールをしているようにしか見えない
 まぁなんにしても普通の人ではないようだが

「ルナの知り合いか?」

「えっと、誰だったかしら?喉のここまで出掛かってるんだけど」

「ここらのギャンブルを取り仕切っているジョグーンファミリーだ!!忘れるな!」

「あぁ、ジョンにミケにタマね」

「違う!ジョグーンにミケランジェロにタースだ!!へんなあだ名を付けるのは止めろ!」

「ねぇ兄ちゃん誰の仕業か分からなくするためにわざわざローブを買ったのに名前を名乗ったら意味がないよ」

「ローブが・・・無駄になった」

「五月蝿い!!だいたいこそこそと後を尾けるのは反対だったんだ」

「そんな酷いよ、兄ちゃんも納得したじゃない」

「俺も・・・反対だった」

「タースまで!!」

 なんだか言い争いになってきたらしくローブを羽織った三人がもぞもぞやり始めた。
 本当にあいつらは何をしに来たのだろうか?

「ルナよ、あいつ等に恨まれる理由は?」

「いい所に気がついた!そこの犬!!」

「我は・・「ルナ!!イカサマで稼いだ金をきっちり耳揃えて返してもらおうか」

「ほらほらロス泣かない、それよりジョン!イカサマってどういう事よ?」

「とぼけるのか!あのポーカーでの謎の二十連勝!!イカサマだっただろ!?」

 リーダーらしきローブの男から理由を聞かされるとルナは本人だけが楽しい、とっても愉快ないたずらを思いついたような顔つきになった。

「あら、だっただろ?証拠がないんじゃ私も返す気がないわ」

「だからやめよって」

「形勢・・・不利」

「五月蝿い!五月蝿い!!こうなった今だけの持ち金だけでも回収してやる!」

「暴力反対〜♪」

 鼻歌混じりのルナが煽ったせいか、ローブのリーダーがナイフを取り出すのを合図に弟らしき者が子供でも使えそうな細いメイスを構え口数の少なかった者が使い古された弓をローブの中から取り出した。

「じゃロスあんたの能力ってのを見せて」

「おい、ルナの客じゃないのか!?」

 文句を言うためにルナの方を一瞬だけ向いたつもりだったが二十メーターぐらい離れていたはずのジョン(ジョグーン)がすぐ腕一本ぐらいの距離から斬りつけるモーションが視界の端に映っていた。

「魔道具か!?」

 我は瞬間的にルナを頭でナイフの間合いに入らぬ所まで突き飛ばし、その動作を行うと同時に後ろ足ではすぐ側の木を蹴った反動を利用して回避したのでジョンの一閃は空を切るだけに終わった。
 ジョンはナイフを振り下ろした体制から威厳を見せるようにゆっくりと立て直し

「昨日できたばっかりのペガサスの羽とガルーダの羽を合わせて創ったブーツその名もスピードスケーターだ!!」

「ダサッ!!」

「ルナが言うな!!」

 ジョンはよほど自信があったのだろうか、ルナの言葉が効いたらしく目に見えて震えている。

「オ、オレが名づけたんじゃない!ランジェが付けたんだ」

「兄ちゃん酷い!!」

「スピードスケーター・・・かっこいい」

「あぁ!次いくぞ!!」

 腰を低くし体は丸め、次の移動後のためにナイフをゆっくり振り上げ肩の位置にまで持っていった、体制はまるでこれからタックルをしようとするようになっている。移動してすぐにでも斬りつけるつもりだろう

「なるほど高速移動する魔物の羽で創ったブーツ、使用者の速度を瞬間的に上げて移動するか、土の霊よ、その姿を現せ、ドルフィ!!」

 ロスが使った魔法は上級魔法や特殊な魔法でもなくそれどころか攻撃魔法でもなかった。
 ドルフィとは魔法を学ぶ者なら一番初めに覚えるアルファベットのような魔法である、ただ砂山程度まで土を盛り上げるだけの魔法、本来なら魔法の感覚を読み取るのにちょうどいい物だが魔力が強い者が使うとちょっとした壁に発達するのでジョンとロスの間になんの変哲もない誰もが簡単に迂回できるほどの壁ができた。





 俺のブーツに魔力が溜まり、体制も完璧、いざ、スピードスケーターで地面を蹴った瞬間に目の前に壁が聳えた。





「でっ?なんでジョンが倒れているの?」

「我はペガサスもガルーダも知っているのだが、この二匹は延長線上の敵を高速で移動して捕らえるのがうまいのだ」

「つまり真っ直ぐにしか加速できないのね、まぁ移動中にこんな壁ができたらぶつかるか」

「しかしここまで見事に気を失うとは思わなかった」

 そこには顔面から突っ込んでしまって顔全体を真っ赤にさせたジョンが倒れていた。

「これはあと半日はこのままね」

「兄ちゃん、だからやめよって」

「ルナは・・・怖い」

「さてと、じゃミケにタマ、財布を出しなさい」

「えぇ!!なんで!?」

「迷惑料」

「そんな、兄ちゃんが勝手にやったことだし」

 さっきまで持っていた武器もジョンが倒れると同時に捨てて降伏の意思を示していた。

「・・・前回は爆破だったから今度は氷付けがいい?」

「ごめんなさい」





「この世に存在する全ての魔物、精霊、神に告げる。私、ルナ・ミスティックはこのケロベロスにロスと命名し、使い魔としてここに契約する」

 この前フリは宗教的なもので特に意味はないが、次のお互いの存在をより結び付けるために行う血の交換によって全て完了となる。ただ血の交換と言っても一滴二滴程度だが
 短剣でルナは指先を、我は前足を切り、お互いのグラスに血を滴らせる。
 用が済んだ短剣に付いた血を拭き取ってしまうと、ルナは我の血が二滴ほど入ったグラスをしかめならがら

「憂鬱だわ、まさか一生の内に一度でも犬の血を飲むなんて」

 文句を言うルナを尻目にこちらはあまり抵抗なく飲み干し

「我だって好きでこんなことしてるわけではない!それと何度も言っているが我はケロベロスであって犬ではない!!」

 しかし悪魔でもグラスを睨みつけながら

「当たり前よ、もし好きで自分の血を飲ます変態犬なら私の魔力を全部使いきってでもあんたを消滅させてやる」

 確かにさっきのような教師が二、三十人束でかかっても我を倒すことはできないだろうがこのルナならできるだろう。最もそれは正面きっての戦いであり、こっちが切り札を使えばまた話が変わってくる。
 どちらにしてもこの辺り一面は焼け野原になるのは間違いでないだろう。
 とにかく文句を言いながらでも少しずつ飲んでいき最後にはグラスの中が空となった。

「さてと、血の儀式も終わって完全に契約が結ばれたことだし、次に決めなきゃいけないのは、そういえば魔物って食事を取るの?」

「あぁ人間が食物を生命力や聖力にするように我等魔物も微力ながら魔力にして生きてるので食事はとるがほとんどの物なら食べられるぞ」

 それを聞くと何故かルナは安心したような顔となり奥の貯蔵庫に向かって行った。
 貯蔵庫とは一般家庭での食品を保存するために使われる物を言う、とは言っても地面に深く穴を掘り冷えてきた所に食品を詰め込むだけなのだが、またそれとは別に上流家庭や料理店などまでいくと小さい氷の精霊が入った冷蔵庫ってのもある。

「じゃこの二週間前に賞味期限が切れたプリンもいける?」

 ルナは貯蔵庫から取り出した怪しげなプリンを遠慮もなく我の前に置くと少し離れ遠巻きから何かを期待するような眼差しで観察している。

「一応聞くが魔物にも味覚があり、毒を食えば死もありえることを知った上でそのようなことを言っているのか?」

 まだ他にもあるのかまた貯蔵庫に向かおうとしていたルナが立ち止まる。

「あはは、冗談よ冗談、じゃ人間と同じ物なら食べられるって事でいいのね?」

 そう言ってルナはそのプリンをゴミ箱に捨てるのではなく貯蔵庫の一番奥の方に詰め込んだのを我は見てしまった。
 うむ、この一ヶ月どんなことがあろうとルナから差し出されたプリンは食さないことを固く誓おう。

「で、食事はいいとして次に決めないといけないのは人間でいえば衣食住だとすると衣はその姿だからいらないとして他は寝床ね、と言っても実は補習を受けた時から契約するのを見越して家は作ってあるから後はあんたが気にいるかどうかね。」

 そして微笑みながらルナはゆっくりと指を差した家の外を

「私が作ってあげたんだから感謝して使いなさい」

 我は外の指さされた物体を見て、自然と溢れ出す涙をこらえながら

「我は今さっき正式にルナの使い魔になったのだからこれからの信頼関係の為に大抵のことなら目をつぶろう、だが何故我の寝床が外でありしかも素材がダンボールなんだ!」

 それは誰がどうみてもダンボールでできた犬小屋であった。しかも名前のところには書き直した跡があって、二文字と消し損じの丸の位置からして初めはあきらかにポチと書かれていたのだろう

「あれでは雨風も防げぬ!それどころか雨でも降れば崩壊するぞあの家!!」

「ロス!!あんたは間違ってるわ」

「何が間違ってるというのだ!まさかあれは家ではなく犬小屋とでもいいたいのか!」

「いいえ、違うわ、ダンボールは意外と暖かくて丈夫なのよ」

「問題はそこじゃない!第一使い魔の寝床が外にあることが自体が問題なのだ!身近に置いておくものだろう」

「だってあんたがいつ襲ってくるかもしれないし」

「我は守る方だぁぁ!!」

 その後二時間の交渉によりなんとかリビングのソファーに決定した。





「ルナよ、最後に一つ聞きたいのだがもし我以外の精霊か魔物と契約してもポチと名付けあの犬小屋に入れるつもりだったのか?」

「もちろん♪」

 我の主はやはりとんでもなかった。