8神秘の貴公子


 その日はいつものように平和でルナが遅刻しそうになって我の背中で登校し、授業中では最前列にもかかわらず爆睡するような特別なことがない平凡な一日になるはずだった。その時までは、
 惨劇の始まりは隻椀教師のこの一言だった。
細身であるにもかかわず服を着ていても分かるしなやかな筋肉が付いた体に一目では分からぬ多くの修羅場でくぐった者だけに付く致命傷を紙一重でかわした古傷達およそ生白いイメージがある魔法科より最前線で戦う戦士のような教師がやる気を微塵にも出さずに椅子には浅く座り体は最大限まで延ばして机に張り付きながら

「次は演習所でウィザード科との合同授業を始めるぞ〜」

「先生!そんな話聞いてません!!」

 驚いた、決して教師に注意されようが威嚇魔法を放たれようが寝ているルナがたったその一言で跳び起き教師食ってかかるとは、よほど次の授業が嫌なのか心なしか少し顔が青ざめてる気がする。

「あぁ、そうだな、言ってないからなそれと俺の子供の写真ができたぞぅ」

 写真とは光の霊を一気に箱の中に閉じ込め黒い紙に焼き付けることによりその場の映像が撮れる技術である。

「先生の子供の話はいいとして、なんでそんな大事なことを事前に生徒に伝えないのですか!?」

「そんな事だと!!見よ!この写真を!かわいいだろう、俺とリザの子供だ」

 確かにそこに写っている、こちらに向かって微笑んでいる赤ん坊の顔はどんな罪も許してしまいそうだがルナとの会話は全く成り立ってない

「先生のお子さんがかわいいのはわかりましたから、生徒には合同授業があることは事前に伝えておくべきです。」

「いや!!お前はまだオルハの可愛いさがわかっていない!あの子はな、こっちが微笑むと必ず微笑み返してくるんだ!!しかしながらかわいいといえばリザも負けていない!娘にかかりっきりでリザを構ってなかったら最近スネ始めてな!お出かけのキスやただいまのキスを嫌がるようになったのだ!!だがしかし!!自分で断るのに俺がしなかったりした時の、その刹那の悲しそうにするあの顔がまたイイ!話はまだまだこれからで昨日遂にリザが怒った!!

「なんで私を愛してくれないんですか!」

顔は怒ってるんだが目は涙目よ!!そんなリザを俺が愛してない!?そんなバカな事は太陽が西から昇ってもありえない!!だが!!そこで抱きしめたら俺の名に傷がつく!だから俺は言ってやった!!

「愛してる、ダーリンって言ってくれたらリザの望むように好きにしてあげる」

ってな、そしたらどうしたと思う!?リザは怒った顔を、いやリザなら怒った顔もかわいいんだがそのまま徐々に赤く照れ始めてこれ以上ないほど真っ赤させた状態で小さく!!

「愛してるダーリン」

もぅたまらん!!もう抑え切れずに俺は・・あ?」

 熱弁する教師の話を誰も聞いてはなかったなぜならもう誰も教室に残ってなかったから。





「ルナよ、何故そうも、この合同授業を嫌がるのだ?」

 我は今、幹の太い木の上にいる。
 皆が自分の世界に突入した隻椀教師の話を無視して次の授業場所である校庭に移動し始めた頃、一人ルナだけが校庭を囲むように植えられている林に隠れて、真剣に何かを探しだした。勿論我はルナが皆から離れだした頃から嫌な予感がしたので自首的に離れようとした時にはしっかり尻尾を掴まれていた。

「ロス、静かにしなさい、あんたも暇ならやたらめったら花を撒き散らしてるか無駄にエレガントな男を見つけなさい、絶対に一目でわかるわ」

 馬鹿な話だと思いながらも一応は主人の言うことを聞き、我も一緒に辺りを見渡すが

「そんなおかしな男などいるわけがな・・いた」

 確かにその男が歩くたびに何故か花が体から溢れだしその怪しげな花をクラスの女子に配っているというより押し付けながら歩いた。誰だってあんな歩けば溢れ出す花なんて受け取りたくはないだろうに
 不思議なことにその男の周りも、始終閃光系の魔法を使っているように光って見える。
 見れば見るほど謎が深まる男だ。

「あそこにいたか!氷の霊よ、その姿を見せよ!!コリー」

 手の平に無数の小石程度の氷が集まり、その中の一つを親指の腹と中指で作ったに輪の繋ぎ目の間に挟む

「次に!!土の霊よ、私のためにその強固な体の一部を授けよ!ゲルド!!そして息絶えろ!ハワード!!」

 ルナの弾き飛ばした氷はゲルドで身体能力が向上しているために威力は弾丸となり、花咲き男の頭に的確に命中する。

「よし!!」

「待て!よしではない!あの者、倒れたまま動かなくなってしまったぞ!奴はまだ何もしておらんではないか!!」

 コリーが当たるとあの男は吹っ飛ぶのではなくまるで舞台でも演じてるかのようにゆっくりと、そしてやはりこんな時でも花を撒き散らしながら倒れた。
 はっきり言ってさっきのスピードは人を卒倒出来るどころか密度の高い氷だけにもしかしたら命の危険すらありえる。

「甘い!あの男はそんな簡単には死な・」

 ルナの言葉の途中でバネ仕掛けのように上半身だけ起き上がる例の男

「ルナだ、どこからかルナの美しい声がする!!」

 さっきのダメージなど微塵もなかったみたいで今度は犬のように地面に頭を擦り付け、周りを嗅ぎ回している。その姿は演技やふざけているのではなく本気に匂いで見つけようとしているようだ。

「あ、あいつは何者だ?」

 あちらが犬ならこちらはスナイパーのようにコリーを発射後、位置を悟られぬようレーベルで次々と木の枝から枝へと身を隠くしながら移動している。

「あいつはハワード・ハート、昔はただの全女性の敵だけの害虫だったんだけど、頭を打った時からさらに磨きがかかって、すでに人ではないわ」

「見つけた!ルナだ!ルナがいたぁ!今すぐ愛しに行くよぉ!!」

 見つかった!あそこからは百Mぐらいは離れている林の中からたった匂いだけで!!
 平常ならかっこよさそうな顔が今はよだれを垂らさんばかりに口を開けてこちらに向かっている。

「見つかったか!ロスは弾を作りなさい!!確実に奴を永遠に眠らすわよ」

「わかった!氷の霊よ、その姿を見せよ!!コリー!!」

 さっきまでは奴をただの不思議な花咲き男だと勘違いして助けようとしたが、あんな顔で迫られたら我でも眠らさせたくなる。
 ルナのスナイパーの素質は凄いらしく動く目標を五回中四回は当ててるが

「ルナ!あいつは本当に人か!?何故倒れない!!」

 確かにルナが放つ弾丸は化け物の次々と急所に当たってうずまらせるまでいくのだがすぐにまた立直り、こちらに全力疾走でやってくる。

「ちっ!!これじゃ駄目か!イイ、ロスあの男のあだ名は不死身のハワード、不死鳥ハワード、ゾンビのハワード、油断したらこったがやられるわ」

「・・つまり物凄く打たれ強いというわけか」

「でも、これだけじゃらちがあかない!!風の霊よ、そなたが吹く突風で立ちはだかる者を吹き飛ばせ!!ウィルソ」

 ルナの手から生み出された風の固まりが奴の足に吸い込まれるように命中する。
 全力疾走の状態で足がすくわれるのだからハワードは飛んだ!転んだではなく飛んだ、奴は地面と水平に慣性の法則だけで空中飛行したのだ。
 だがそれも徐々に勢いがなくなって見事なヘッドスライディングしてそのまま海老反りになる。常人ならあの勢いだ、打撲に擦り傷そのまま治療室行きだがハワードは違った、鼻血を出しながらでも立ち上がる様はまさしくゾンビである

「うをぉぉぉ、ルナー!!待ってて!!今すぐ行くからねぇぇ!!」

「うるさい!倒れろ!!」





 それから後の事をいうと、最上級レベルの魔力を持ったルナとその使い魔の元四天王コンビ対切られても潰されても死ななそうなハワードとの鬼ごっこは少しずつ周りを飲み込み始め、最後の我とルナが融合させた魔力を注ぎ込んだ魔法でハワードを倒した時には学校はほぼ全壊に近い半壊
 その日は修復のために午後は臨時休校となった。