9聖者の行進


「校長先生、お先に失礼します」

 廊下をすれ違った時に今年入ったばかりの若い先生が私に挨拶をして急ぎ早に家路に帰っていく。
 それに軽く返事をして、私を校舎から隔離するように一番端にある校長室に入るとこの部屋で唯一気に入っているゆったり過ぎる椅子に腰掛けながら改めて思う、そう私は校長
 表面上ではこの学校の最大の権力者であり、校内ならばルールを作り替えて独裁者にだってなれる。だが私はそれをしてはいけない、独裁どころか一度の権力すら使う権利すらないであろう、なぜなら私が英雄の一人であり続ける限り

「出てきなさい、話があるのでしょ?」

「さすがだな」

 部屋の片隅に置いてある観葉植物の影が答た、それから闇が光の中を侵食するようにこちらに歩みだすに連れ徐々に形をなしてロスが現れる。

「姿形を闇に変えて要人を暗殺する能力、懐かしいと言うべきから」

 これでも気付いたのはついさっきだ。さっきあの若い先生が通った時に影が僅かにぶれたため、だから殺そうと思えば今頃私は切り裂かれて廊下に転がっているはずだ。いや、今もしようと思えばそれを防ぐほどの力は私にはない

「詫びにきてな、午前中は我の主が迷惑をかけて・・」

「用はなんです?」

 こんなことを言うために来たんじゃない彼は時を伺っているのだろう。

「我もまだまだ青いな、言われてから気付くなんて、我の旅のもう一つの理由、お前達五人にもう一度会ったら聞こうと思っていたのだが、人間の英雄達の一人、プリーストのセルフィよ、貴様は知っているのか?あの聖魔大戦の原因と魔王の正体を」

 それは一日として忘れたことのない私達の罪であると同時に全人類の罪

「こんなこと言っても仕方ありませんがその事を知ったのは全てが終わった後でした」

 またロスが一歩ずつ歩み寄ってくる。

「聖魔大戦の原因、それは魔界と人間界の境界近くに住み着いていたオークが村の子供に怪我を負わせたために国はオークを危険と判断、処分しようと騎士団を派遣したが、実はその一連は冷酷な魔王の仕掛けた罠であり、奇襲を受けた騎士団は全滅、これを皮切りに魔王が指揮した魔物の軍団が次々と周辺の村々に襲い掛かった」

 遂に私を噛み殺せる数歩手前までなった。

「その後人間は各国で連合を組み、大規模な連合軍となって各地で一斉に戦争が起こしたが当初の予想を越えて苦戦、境界線への攻めは敗戦が続いために悩み抜いた末連合は様々な国から極秘に強者を結集して魔王暗殺を目論んだ、それは見事成功して人類に英雄が誕生した。それは人間が作り出した歴史、だが違うよな!プリーストのセルフィ!!」

 ロスの咆哮は地を振るわせた。この感じは、そう、初めて会った時と同じプレッシャー

「少し昔話をしよう、魔王界と人間界にまだ境界線があった頃、境界線と言っても森があるだけの頼りない物だったが確かにあったのだ。魔物は人間に干渉をせず、人間も変型だが魔物を無害な動物として扱った。だがそこに変わった娘が生まれた。」

 黒き魔物の口元が徐々に釣り上がり笑っているのか食いしばっているのか私にはわからない。

「その娘は成長し、毎日のように森入り人間の子供達よりも魔物と遊んだ。しかし娘が住む村にはそれを面白くないと感じた子供がいた。この続きをお願いできるか?」

 その顔のまま問い掛ける、私に拒否権はないだろう

「子供は森に入るとオークの子と遊んで、いえ、いじめていました。後に人間の恐さを教えたかったと書いてありましたが筆者は子供は娘に好意を抱いていたために魔物達と遊ばさせないようだったとも書いてありました。それでもこの行動は世界は何も変えることなく相変わらず娘は魔物達と遊んで・・いました。」

「どうした?その続きを言わぬか」

「そして、子供は考えました。逆に魔物を恐怖の対称にすればいいと、枝で服を破り、土で体を汚して、息切れをさせながら子供は小さな嘘を言いました。

「僕、森でオークの子供に殺されそうになった!!」

 親は驚きました。よく見れば服が破れているにもかかわらず血が出ていない事に気付けたはずなのに親心が仇になりました。
 その事は村中に伝わり、思惑通り皆が魔物を恐がるようになりましたが逆に娘だけはその疑いを晴らそうと森に入り続けました。それは次第に周囲には異様な光景として映っていきました。
 そこから子供の計画が擦れました。
 子供の予想に反し村長は国にオークの排除を願い出たのです。
 それは何故か驚くほど早く受理され、すぐに騎士団がやってきたので村の人は対応の早さに喜んだのですが騎士団は一つだけある事を要求しました。

「あの娘は人間に化けた魔王である、殺さなければ魔物の大群が村に攻め込み更なる被害が生まれるぞ」

 国は初めから小さな村など考えていませんでした。
 ただ魔物達との衝突が欲しかったのです。すでに周辺の大方は領地となり、隣国との戦力は同じ、ならばと近くの魔界を攻めようにもそのためには大義名分が必要だった。だから変わり者の娘の話を聞いた国はオークがやったのではなく魔王が率いた魔物が怪我を負わせた事にしました。事を大事にし攻め込む理由にするために
 村の人はその大きな嘘を信じ、娘を差し出そうとしましたが娘は騎士団から瀕死をおわされながらも森へと逃げました。
 人間に裏切られた娘が取る道はそこにしかなかったのでしょう、騎士団はそのまま追撃をするために森に入りましたが娘と仲良かった魔物達がそれを撃退しました。
 数日後には騎士団全滅の話は隣国までにも響きました。話を聞いた隣国はすぐに魔界との境界線に接する自国の村を全て略奪し、それらを全て魔王軍のせいにした後ここも討伐という大義名分を掲げて、軍隊を引き連れながら森を攻めました。これが聖魔大戦の始まりです。」

「そうだと言いたいがまだ続きがある。瀕死を負った娘は森に入ってもまだ生きていた。しかし助けようにも魔物には聖力を使う治療魔法は使えない。だが一つだけ方法があった。それは禁術を使い、人から魔の者落とす事、魔物なら治癒力が高いので瀕死でもなんとか生きられる。この時に本当の魔王が誕生した。まさか人間が魔王と恐れていたのが唯の少女だったとはお笑いだな」

 口を大きくあけ、笑う仕草をする。

「私達が知ったのは城に帰って直ぐです。その日は魔王打倒の祝いのために国中が酔いました。あらゆる施設の職員や兵士、果ては囚人にまでお酒が行き渡り朝まで宴会騒ぎになりました。
 その晩、勇者を除く私達は城の厳重に封鎖されていた宝物庫に忍びこみました。多分酔ってふざけていたんだと思います。普段ならば必ず三人はいるはずの警備兵はおらず、簡単に入ることができ、そこで娘が住んでいた村の神父が書いた日記を見つけ、全ての事実が書いてありました。私達は日記を読み終わった後無言で各人部屋に戻り、翌日様子を見に行くと部屋にはバトルマスターがいませんでした。そして私達は自然とばらばらになり罪を背負いましたが国は秘密を知った私達を追い、一人一人に特別に役職を授けて首輪がわりにしたので、今私がここにいられるのです」

 これで私の願いが叶う

「黒き魔物よ、その爪で罪の無き少女を殺した私を切り裂きなさい」

 しかし全く表情を変えず、怒り狂い引き裂くかと思っていたが笑っているふりをやめない

「甘いな、我は貴様を断罪する気はない、その方が楽になれるからな、いつまでもお前は苦しめ、いや、いいことを思いついた。お前達がしたようにここの生徒を一人ずつ引き裂いていこうか?それを見逃せば許してやらないこともない」

「やめさない!!そうするならば既に汚れた身、真実を知る者を葬ったところで行く場所は変わらないわ」

 私の言葉を聞くとロスは今度こそ笑っているフリでなく小さく本当に笑った気がした。

「つまらん、やはりそういう反応するか、ならば貴様は一生報われることを夢見ながら償い続けろ」

 彼は私に背を向け、来た時と同じように徐々に闇に姿を変え見えなくなる。
 あぁそうか彼は待っていたんじゃない私を試していたんだ、殺す価値があるかどうかを、残念ながら私にはその価値がなかったらしい、そしてきっと彼も今でも償っている途中なのであろう、私達が刻んだ罪を

「あなたも報われる事を」





「ロス!あんたどこ行ってたの!?」

「ルナよ、どうしたのだ?いつもなら寝ている時間だろ」

「馬鹿犬がどっか行くから心配で起きてたのよ!・・・って何笑ってるのよ?」

「いやルナなら我を許せるのかと思ってな」

「何言ってんの!夜遊びの罰は明日するから今日は寝なさい!!」

「わかったからそう怒鳴るな」

 セルフィの言葉が頭に響いてくる。
 あなたも報われる事をか、そうだな、我は罪の上にさらに罪を重ねたのだ。償いをしなければならないな

「悪いな、ラティス、我はまだ裁かれるわけにはいかない、お前の夢を叶えるまでは」